わだいがない 7
青田君の場合
友人の誰かが言った。
「女なんて、面倒だよなー。わがままだし、勝手だしさ!つーか、そもそもよくわかんないし!」
「お前、それ、彼女に言ったら怒られるぞ。」
「だから、お前らに愚痴ってるんじゃないか!」
そんな昔のセリフを思い出して、オレはちょっと笑う。まぁ、彼が彼女と喧嘩中だったからだと言い訳をしても、そのときはそれがすごいセリフに思えた。しかし、30ちょっと過ぎた自分が考える現実は「まったくもって、その通り」が正解である。
しかし、昔もそんなことを言っていて、今もそんなことを考えるという事は永遠なテーマであるという事かもしれない。
いや、別に女性が嫌いなわけではない。むしろ好きだ。いや、大好きだ。が。誰でもいいというわけではなく、こちらにも選ぶ権利があると主張しておきたい。そんなに、好みにうるさいわけではないが、好みはあるのだ。
女なら誰でもいいという人種はたしかにいるが、少なくともオレはそうではない。
「おはようございまーす。」
「おはようございます。」
にこやかに挨拶は大人の基本だ。たとえどんなに昨日の仕事の内容で疲れていても、朝だけはちょっと微笑んでおく。
今日も化粧ばっちりで、明るく元気なおばさんたちははりきって会社にやってくる。きっと日本中で一番元気に違いない。
「おはようございますー。」
「おはようございます。」
ナチュラルメイクなのか、化粧が薄いのかよくわからない、おばちゃんたちよりも少し若いお姉さま方もにこやかに挨拶。おばちゃんたちの次に気を使う。
基本的に、大量の女性たちの中でも、おばちゃんたちのグループは朝でも昼でも、パワフルで、たまに会話が下世話で返事に困るけれど、それに巻き込まれなければとくに自分が困ることはない。
おばちゃんたちより少し、若いお姉さま方も自分を見つめる目がたまに妖しい人もいるが、妖しさに気が付かないふりをして対応していれば、たいていの場合は乗り切れる。ここで邪険に扱うと仕事に影響が出ることがあるのだ。
ここで長く勤務してわかったことは、集団の女性たちには近づきすぎず、冷たくしすぎず、誰にでも公平な態度でいることが一番だという事だ。
そんななかで、最近のオレの問題は、彼女だ。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
何度めかの挨拶をして、座る彼女。いや、問題というほど大きなことではないのかもしれない。
ただ、彼女がずっとオレを見つめている。だが、無表情のまま見ているだけなのだ。自分に多めに話しかけてくるわけでもなく、ほかの人と比べて、自分にだけニコニコしてくれるわけでもなく、自分と話すときだけ声のトーンが高くなるわけでもなく、ただ見つめてくるだけなのだ。
どうしよう。オレのことが好きなのか?いや、でも勘違いかも。じっと人のことを見る子っているしな。でも、気になる。なんで、こっち見てるんだ?オレの顔に何かついているのか?なんなんだろう……。
「ではー、今日の朝礼を始めます。」
資料を見つめつつ、周りを見つめつつ、じっとこっちを見つめる彼女も一応見ながら、話し始める。
いや、逆にオレのことが嫌いなのか?睨んでいるのか?なにかしたか?いや、あの目に嫌悪感はないぞ。でも、好意にしては、笑顔がちょっと足りなくないか?なにか言いたいことでもあるのか?
そうして、一日が始まる。これが、しばらく続くのだ。
基本的に、彼女はまじめに仕事をしている。もちろん、オレも。だが、あたりをふと見渡すとこちらを見ている無表情の彼女と目が合うのだ。目が合うと目をそらすのだが、また見渡すと合うのだ。
目が合うという事は、オレも彼女を見ているという事だが、彼女だけを見ているわけではない。質問の手が挙がっていないか、確認するのはオレの仕事である。
だが、目が合う、それだけなのだ。
朝の挨拶、最低限の質問事項、夕方の挨拶。そして帰っていくのだ。それ以外の会話はない。無意識にオレが避けているだけだろうか。
オレのほうが帰りが遅いから後ろからストーカーのようにやってくることはない。朝も偶然同じ電車に乗っているとか、偶然同じような時間に会社に着くとかでもない。
髪型を変えてもなにも言われることもないし、いや、こちらもなにも言わないが、服装も褒められることもない。お姉さま方には比較的褒めてもらう。
「あら、きれいな色のシャツね。似合うわ。」
「ありがとうございます。」
こんな会話がたまにある。だが、彼女はなにも言わない。言ってほしいわけでもないが。
お昼の時間も彼女は、食堂でオレは外に食べに行く。一緒に食べましょうと言われたこともなければ、外の店で偶然に会うこともない。まぁ、いつもいつも同じ時間というわけではないが、同じ時間であっても一緒にということはない。
休日のスケジュールを聞かれることもなければ、休日の内容も聞かれることもなければ、とにかく、なにも聞かれないのだ。
ただ、会社のフロアで目が合うのだ。
友人とにこやかに話している彼女をたまに見かけるが、その笑顔が自分に向けられることはない。いや、別に笑いかけてほしわけではないのだが。
笑顔もなく敬語のまま、最低限の質問をして、答えがわかれば、お礼だけで終わる。その質問事項も、オレにだけ聞いてくるならまだ好意が感じられる気はするのだが、そんなこともない。
なんとなく、なんとなく、見つめられているだけで困るのだ。
んー。好きだと言ってもらえたら、んー。でも、仕事忙しいし、付き合えないしなぁ。でも、好きかどうかもわかんないしな。言われても困る……んだけど、ずっと見つめられてもなぁ。
彼女の意思が全く分からないまま、見つめられているせいかオレはただ困ったまま、日数がただ過ぎて行った。
まぁ、たとえばの話、好意を告げられて、断って明日から仕事に来ないということでも困るのだが。
一週間後。
「はい、今日で最後の人は、書類に記入してください。」
今回の仕事は短期募集だ。彼女もそのメンバーに含まれている。見つめられているのも今日で終わりだ。オレはちょっとほっとした。これで、悩まなくて済む。
「あの、すいません。」
彼女が話しかけてきた。
「はい?」
「カフスボタンの後ろ側を見せてもらえませんか?」
オレは目を丸くしたまま、腕を回した。ちょっと見て、彼女はにこやかに自分に微笑んだ。彼女が初めて、自分を見て、にっこりと笑ったのである。
「ありがとうございました。」
そして、「お世話になりました。」と頭を下げたのである。
頭の中に、はてなが残る自分を残して、彼女はほかの社員とにこやかに別れの挨拶をして、振り返ることもなく職場を出て行った。
そして、オレは残された。
え?終わり?それだけ?終わりなのか?なんだったんだ?え?興味があったのは、オレじゃなくてカフスボタンなのか?いや、だけどしてない日もオレのことを見てたよな?え?え?え?
結局、よくわからないまま彼女は去った。もう二度と会えないかもしれないし、もう一度くらい、縁があれば会えるかもしれない。こればっかりは誰にもわからない。
今度会えたら、聞いてみるべきか、なんで見ていたの?カフスボタンが目的だったの?
オレのことが好きだったの?いや、どれだけ自信過剰なオレだ?ええ、好きですっていわれても困るし。いえ、別にって言われても振られた気分だし。いや、考えるのはよそう。きっと、もう会うこともないだろう。
とりあえず、困った彼女は去ったのだ。これで仕事に集中できるというものだ。彼女の友人はここに残るが、きっと友人から彼女のことを聞くこともあるまい。
なぜなら。
「彼女、やけにオレのこと見てなかった?」と聞いて、「え?そうなの?知らないー。」と言われるかもしれないし、「知ってる!もしかして、好きだったんじゃなーい?」と冷やかされても困る。
仕事だけに集中しているうちにきっと彼女のことも忘れていけるだろう。
翌日。多くの人数が減った部屋を見渡して、ようやく彼女が本当にもういないことを実感する。それでもオレの仕事は続くし、彼女もほかのところで仕事を進めているに違いない。オレには関係のないことだ。
ただ、今回のことでオレは改めて、思った。
やっぱり、女性はわからない!謎だ!まぁーったく理解できないぞ!