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四章十四話目

 レインは呆れて言葉も出ない。

 ――こいつら、この期に及んで、まだこんなこと言ってるんだ。

 レインと姉の両人を誘拐し、それを大人たちに見とがめられたのに、いけしゃあしゃあと言うこの図太さが、レインにはとても理解できなかった。

 ベアトリクスは手に持った棒をこつこつと地面に当て、渋い顔をする。

「どうやらあなたたち二人は、まったく反省していないみたいですね。さて、どうしたものかしら」

 考える素振りのベアトリクスに、アンリがのんびりと口を挟む。

「要人誘拐の容疑で、ここで逮捕する権限がおれにはあるけど。どうする、この二人を逮捕するかい?」

 ベアトリクスは眉をひそめる。

「逮捕するのは、いくらなんでもやり過ぎだと思いますよ、アンリ。それに、ここでその権限を使えば、相手に我々の居場所がばれて、後々動き辛くなります。やはりここはイヴン先生をはじめとする神学校の方々に任せた方が」

 そう言って、ベアトリクスとアンリはそろってレインと姉を振り返る。

「二人がこうして無事だったので、今回は良しとしましょう。レインさんもそれでいいですよね?」

「一番の被害者はレイン君だ。レイン君はどう思う?」

 同意を求められ、レインは戸惑う。

「え? ど、どうなんだろう」

 レインは正直のところ、ミゲロとウルベールが多少痛い目を見ても構わないと考えていた。

 レインを痛めつけ、誘拐したのだから、二人には大いに反省してもらいたいものだった。

二人に何のお咎めもなしでは、いくら普段から温厚なレインでも腹の虫が収まらなかった。

「ぼ、僕は」

 しかしここでミゲロとウルベールへの怒りを口にすれば、器量が狭いと思われてしまう。

 無意識のうちに周囲に合わせてしまう鈴牙人のレインには、ここで二人を許すと言った方がいいのではないかと考えた。

 レインはちらりと姉の横顔を見る。

 すると姉も伏せた目でレインを見つめているようだった。

「レインさん。無理をしなくてもいいんですよ」

「え?」

 姉はレインに手を伸ばす。

 その手をそっと握る。

「レインさんを見ていると、かつてのわたしを思い出します。いろんなことを我慢して、誰かのために行動していた頃のわたしを」

 姉は照れくさそうに笑う。

「わたしと比べてしまっては、レインさんに失礼ですよね。レインさんとわたしとでは同じ神学校の学生と言っても、性別も立場も違いますしね。でも、レインさんを見ていると放っておけなくなるんです」

 姉はレインの青い目を覗き込む。

 目が見えないことを一瞬忘れて、レインはまじまじと姉の伏せた目を見る。

「レインさん、確かに世の中には我慢することも大切です。でも、それ以上に大切なことは、ちゃんと自分の意見を言うことです。別に誰にでも自分の意見を言えと言っている訳ではありません。でもしかるべき場所で、信頼できる相手に自分の意見を言うのは、とても大切なことではないでしょうか?」

 姉は小首を傾げる。

「ここにいるアンリさんとベアトリクスさんは、信頼できる相手であることはわたしが保証いたします。でも、レインさんとあまり面識のないわたしの言葉が信用できないのでしたら、それは仕方がないことなのですが」

「そ、そんなことないよ。お姉さんを信用していない訳じゃない」

 レインは姉に手を握られたまま、首を横に振る。

「そうレインさんに思っていただいているのでしたら、とてもうれしいことです。とにかく、レインさんは自分の正直な意見を言ってくれて結構なのですよ? レインさんはこの人たちにひどい目に合わされたのですから、文句を言ってしかるべきです」

 姉は真剣な口調で語る。

 レインはミゲロとウルベールの方を見る。

 ミゲロとウルベールはもう大人しく正座してはいなかった。

 皆が目を離した隙に、二人は倉庫の隅へと逃げて行く。

「あ、待ちなさい!」

 ベアトリクスの制止の声を振り切り、荷物の影に隠れようとする。

「へへ~ん、ば~か」

「我々を甘く見るからです」

 捨て台詞を残して荷物に紛れようとした時、彼ら目がけて鈍色に光るものが飛んでくる。

「ひゃあ!」

 それは彼らの目の前をかすめ、地面に突き刺さる。

 二人は尻餅をついて、地面に転がる。

 それと同時に、倉庫の天井から人影が降りてくる。

「どうやら馬鹿は死ぬまで治らないようだな。何なら僕が、この場でお前ら息の根を止めてやっても構わないんだがな」

 腰を抜かす二人のそばに降り立ったのは制服姿の弟だった。

 先ほど投げたのは持っていたナイフだろう。

腰のベルトに何本ものナイフを下げている。

 ――そう言えば、弟君は剣術部だったっけ?

 ナイフを持っているのはそのせいだと、レインは勝手に納得する。

「シェス、どうしてここに?」

 声から弟の存在に気が付いたのか、姉は弟の方を向き呼びかける。

 弟は険しい表情を緩め、こちらを向く。

「姉さん」

 安堵したような表情を浮かべたのも束の間、弟の表情が凍りつく。

 ある一点を食い入るように凝視する。

 レインは弟の視線の先を辿り、自分がまだ姉と手をつないだままであることを思い出した。

「い、いや、これは別に変な意味ではなくて。お姉さんに自分の意志を言うようにと、励ましてもらっていたのであって。そ、そんなやましいことは、何も」

 姉もそのことに気が付いたのか、慌てて手を離す。

「す、すみません。出過ぎた真似をいたしました。わたしったら、つい余計なことを口にしてしまいまして」

 弟は無言でこちらに歩いてくる。

 それが尚更レインには恐ろしい。

「ち、違うよ。断じてお姉さんと変なことはないから!」

「そ、そうですよ、シェス。レインさんは、わたしを助けようとしてくださったんです。元はと言えば、わたしのせいです。わたしのせいで、レインさんをこんな危険な目に合せてしまって」

 レインと姉は弟に必死に訴える。

 その隣ではアンリが、

「いやあ、青春だねえ」

 と言い、ベアトリクスが怪訝そうな顔で返していた。

「それとは少し違うように思います。レインさんは明らかに怯えていますが」

 再び逃げようとしたミゲロとウルベールは、いつの間にか足にワイヤーが結び付けてあったのか、そこから動けない。

「な、何だこれは?」

 二人は動けば動くほど絡まっていくようだった。

 やがて身動きが取れなくなる。

 一方のレインは、近付いてくる弟を前に後ずさる。固く目をつぶり、身構える。

 てっきり弟に怒鳴られるか、殴られるかされるとレインは思っていた。

「姉さんを助けてくれたこと、あんたには感謝している。ありがとう」

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