一章六話目
――気のせいか。
レインはまた歩き出そうとする。
足を踏み出した瞬間、レインの背後からごとりと重い音が聞こえる。
レインは驚いて振り返る。
振り返った先には、温室の扉の鍵が外れ、地面に落ちている。
青い目を見開き、その鍵に近付く。
地面にしゃがみ込み、外れた鍵をじっと見下ろす。
――そんな、どうして。
レインは地面に転がった鍵に手をかざす。
外れた鍵からは、もう法術の気配はしない。
法術の効力が切れてしまったようだ。
しかしそれがどうして切れてしまったのか、レインにはわからなかった。
普通、学園の鍵は、夜の見回り当番の先生が掛けて回る。
その上にさらに法術をかけて、決して開かないように強化してあるのだ。
それを容易く開け、法術の効果まで打ち消してしまうなど、尋常ではない。
レインはもう一度辺りを見回し、さっさとこの場所から離れようと考えた。
立ち上がり、グラウンドの方へと体を向ける。
駆け出そうとしたところへ、背後から声を掛けられる。
『待て。行くな』
また同じ声だ。
レインは気味が悪くなった。
どうして誰もいないのに、声が聞こえるのだろう。
どうして勝手に温室の鍵が外れてしまったのだろう。
考えれば考えるほど、レインには訳がわからなかった。
レインは朝霧のたちこめる中庭を見回す。
「誰かいるのか?」
声に出して問う。
中庭は静まり返り、グラウンドからの生徒達の声も聞こえなくなっていた。
木々の黒い影がレインを取り囲むように立ち並んでいる。
とっさに武器になりそうなものは持っていない。
レインは制服のネクタイにとめてある青い宝石を握り締める。
その宝石に強く念じれば、一度だけ目くらましの法術が使える。
自分の身に危険が迫ったときに使うようにと、生徒達に配られているものだった。
相手の目がくらんでいる間に、素早く逃げろということだろう。