一章五話目
周囲には誰もいない。
ただ濃い朝霧がたゆたっているだけだった。
グラウンドの方から、朝早く部活の練習をする生徒達の声が聞こえてくる。
その温室には、先生同伴でしか入ることが許されていない。
世界各地の珍しい植物や、研究中の人工花が栽培されているからだ。
中には毒草も栽培されていると、生徒達のもっぱらの噂だった。
レインは温室の入口の扉の前で立ち尽くす。
扉には太い鎖で何重にも巻かれた鉄の錠が掛かっている。
レインはそれを前に考え込んだ。
三年生が習う鍵開けの法術ならば、あるいは開くかもしれない。
しかしまだ二年生であるレインは、当然鍵開けの法術は習っていない。
もしかしたら、どこかから入れるかもしれない。
レインは温室の周囲を歩いて回る。
枯れ草の生い茂る地面を踏みしめ、ガラス張りの温室を外から眺める。
結局、どこにも忍び込めそうな場所はなく、レインは温室に入るのを諦める。
――珍しい草花が見られると思ったけど。
鉄の頑丈そうな錠を前に、レインは溜息を着く。
やはり噂どおり、毒草を取り扱っているのだろうか。
それで、生徒達を温室に寄せ付けず、頑丈な鍵が掛けられているのだろうか。
――今度は、薬草学のシェーラ先生に頼んで、入れてもらおう。
元々庭師を目指していたレインにとって、珍しい植物と聞いては、いても立ってもいられない。
一度見ておかないと気が済まなかった。
――シェーラ先生なら、僕が鈴牙人だからと言って、差別したりしないだろうし。
温厚なシェーラ先生の顔を思い浮かべる。
そんなシェーラ先生は、生徒達からの人気が高い。
友達のリャンなどは、シェーラ先生のファンクラブに入っているくらいだった。
レインは溜息を付いて、温室の扉に背を向ける。
数歩歩いたところで、どこからか声が聞こえる。
『開けて欲しいか』
レインは立ち止まり、辺りを見回す。
周りには誰もいない。
ただ中庭の木々が朝霧の中、黒くぼんやりした影を浮かび上がらせているだけだ。
近くにも人の気配は無い。