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二章二十三話目

 ほとんど周囲に聞こえないであろう声を、レインははっきりと耳にした。

 それに対し、イヴン先生は唇を動かす。

「空賊の船であれば、列車の中からでも見えました。最近は空賊も大きな顔をして、街の上を平気で飛んで行く。あんな連中に追われているのでしたら、うちの生徒をとっさに巻き込んでしまってもいたしかたないというものですよ。そういう事情がおありでしたら、彼を一日あなたに預けましょう」

 イヴン先生は苦笑いで返す。

 すると生徒達だけではなく、先生達にもどよめきが広がる。

「イヴン先生!」

「こんな素性の知れない男に、生徒を預けてもいいのですか?」

「身分証など嘘で、この男が空賊の仲間かもしれませんよ?」

 それをイヴン先生はひと睨みで黙らせる。

「あの身分証は本物です。それは私が保証します」

 イヴン先生は淡々と話す。

――どうせ、嫌だと言っても、無理矢理連れて行くのだろう? ならば反対しても時間の無駄ではないのか。さっさと連れて行くがいい。

 声は出ていない。

 二人とも周りに聞こえないようなテレパシーのような法術で会話をしているようだった。

 それでもレインには二人の会話がはっきりとわかった。

 何故だかわからないが、頭に二人の声が聞こえてくるのだ。

 男は破顔する。

「ありがとうございます」

――さすが、話が早い。さすがラスティエ教国大司祭にして、異端審問官さま。

「いえ、礼には及びません」

――ふん、教皇に取り入った竜の民が何を言う。空の座で、ずっと世界を見守っていればいいものを。千年ぶりに教皇の元を訪ねてきて、厄介ごとを持ち込んで。

 イヴン先生は表向き、穏やかな表情を浮かべている。

 二人のやり取りはわずかな時間だった。

 先生達が緊張した面持ちで見守っているうちに、やり取りは終了した。

 男はにっこりと笑う。

「協力、感謝いたします」

 一礼して、レインの手を取る。

「さあ行こう」

 レインの腕を引き、見守る生徒達の前を歩いていく。

 その間、レインの頭はぐるぐると混乱していた。

 ――イヴン先生が大司祭? それに異端審問官って。リシェンのお父さんが竜の民? 確かに白い竜に乗っているけどさ。それに空の座って? 教皇に取り入ったって何?

 二人の会話を盗み聞きしてしまったレインは、一人で取り乱す。

 大聖堂の前に立ち並ぶ生徒達の前を通り過ぎ、細い路地を抜けて、街の大通りを早足で歩いていく。

 男が口を開いたのは、大通りを少し行ってからだった。

「レイン君。おれの事情に巻き込んでしまって、すまないね」

 ぽつりとつぶやく。

 ようやく歩調をゆるめ、つかんだ手を離す。

 男はレインを振り返る。

「君には悪いことをした」

 短い焦げ茶の髪をかく。

「いえ、そんな」

 レインは改めて男の顔をじっくりと見た。

 白い竜の背に乗っていた時はそんな暇はなく、男はゴーグルをつけていたため、顔がよく見えなかったのだ。

 男は深緑の瞳でじっと見つめてくる。

 その目元は、どことなくリシェンに似ているようだった。

「僕の方こそ、アザンクールさんを助けるつもりが、逆に迷惑を掛けてしまって」

 レインはうつむく。

 しょんぼりと肩を落とす。

 アンリは少し考える素振りをする。

「あの宝石のことを言っているのかい? あの宝石のことだったら、君が気に病むことはないよ。どうせもらい物だし」

 アンリは気楽に答え、レインの肩をぽんと叩く。

 大通りを見回し、道の端に止まっている馬車に歩み寄る。

「それよりも、君はどこに行きたい? この街の名物は、チョナフと言うパイに似た食べ物なんだけど。そろそろ昼で、腹が減ったと思わないかい?」

「はあ」

 レインは気の無い返事をする。

「まずは腹ごしらえをしないとな。鈴牙国にも、腹が減っては戦はできぬ、ということわざがあるだろう?」

 アンリはレインの腕を取り、馬車に乗り込む。

 御者台に座っている中年の男に話しかける。

「この街で一番うまいチョナフを出す店に向かってくれないか?」

 中年の男は困ったように首を捻る。

「だったら、ユキエばあさんの店か?」


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