二章十七話目
レインは混乱する。
いても立ってもいられなくなる。
「ちょ、ちょっと、展望車に行ってくる」
「レイン?」
オルグがレインを振り返る。
レインは窓の外に釘付けになっている生徒達の座席の間を走る。
最後尾の車両にある、四方の開けた展望車に向かう。
そこならば壁がない分、もっと外の景色がよく見える。
レインはそう思ったのだ。
扉を開け、列車の廊下を走っていく。
どの車両でも、乗客が窓の外を眺めている。
レインが展望車の扉を開けると、そこには他の乗客の姿はなかった。
ごうごうと風を切る音が耳元を通り過ぎていく。
展望車の手すりに摑まる。
開けた空を見上げる。
黒い船は徐々に列車から遠ざかっていくものの、白い点との距離はさっきより縮まっている。
このままではいつか追いつかれてしまう。
見ていることしかできないレインは、手すりにつかまったまま雲の間を見上げている。
――まあ、僕に何かできる訳でもないけど。
レインは溜息をつく。
展望車まで夢中でやってきたものの、レインの出来ることは特にない。
空を飛ぶ法術などの、基礎の術しか使えないレインにとっては、空船をどうこうするほどの力は持っていないのだ。
――リシェンか、リシェンのお父さんかわからないけど、僕には助けることもできないなんて。まあ、わかってたことだけど。
がっくりとうなだれる。
手すりにもたれかかる。
レインがうなだれていると、どこからか声が聞こえる。
『れいん。あのりゅうを、たすけたいの?』
レインは顔を上げる。
辺りを見回す。
「だ、誰だ?」
展望車には他に人の姿はない。
白い雲が後方へ流れていく。
『れいんは、あのりゅうと人を、たすけたいんだよね。そうだよね?』
頭に直接語りかけてくるような感覚。
レインはこの感覚に覚えがある。
――確か、以前に。
レインは思い出そうとしたが、上手く思い出せない。
思い出そうとすると、まるで頭に白い霧がかかったようになる。
頭に響いた声に、かろうじて返事をする。
「う、うん」
大きく頷く。
返事をすると、その言葉がすとんと胸の奥に落ちてくる。
力強く声を発する。
「僕に出来ることがあるなら、白い竜とそれに乗った人を助けたい!」
『きまりだね』
手すりをつかんでいたレインの体が急に軽くなる。
宙に持ちあがる。
「へ?」
レインの足が列車の床を離れ、その手は宙をかく。
「わ、わわっ」
まるで空を飛ぶ法術の授業の時のようだ。
レインの体がふわふわと浮き上がり、列車の手すりを越える。
何もない雲の中に放りだされる。
『いくよ』
弾丸のようにあの白い点目指して飛んで行く。
「ぎゃあああぁぁぁぁ!」
レインは悲鳴を上げる。
物凄い風が、レインの顔を叩きつける。
今までかつて、授業であってもこんなに早く空を飛んだことがないのに。
こう見えて、レインはあまり空を飛ぶのが上手くない。
空を飛ぶ法術の授業でも、いつも居残り赤点だ。
それがこんな風に猛スピードで空を飛ぶ羽目になるなんて。
レインが瞬きしている間に、列車が見る見る遠ざかっていく。
雲の頂が迫り、黒い船の船体が目の前に現れる。
レインのスピードは落ちない。
黒い船と並走するように飛んでいる。
黒い船の砲台が光る。
前方を飛ぶ白い竜目がけて砲弾が打ち出される。
白い竜はひらりひらりとその砲弾をかわす。