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一章


一章



「レイン! レイン・アマナギ」

 天井の高い歴史教室に、オリヴィエ先生の低い声が響く。

 中年の険しい顔をした男性が、黒板を背に立っている。

 ぼんやりと頬杖をついて窓の外を眺めていたレインは、名前を呼ばれ慌てて立ち上がる。

「は、はい」

 年の頃は十六、七才程。

 首の後ろで切りそろえた黒い髪に、空のような青い瞳が印象的な少年だった。

 先生に名前を呼ばれ、今は緊張した面持ちで緑の革張りの教科書を広げている。

 薄暗い白い石壁の歴史教室に窓から差し込む光は弱々しく、生徒達の顔が影のように暗く浮かび上がっている。

 影のような生徒達の間から、くすくすと忍び笑いが漏れる。

 皆、濃紺に白の筋の入った制服を着て、長い木の机に三人ずつ座っている。

「ええと」

 レインは分厚い革張りの歴史の教科書をめくり、先生が直前まで読んでいた場所を必死に探す。

 オリヴィエ先生は教鞭で黒板を指し、白墨で描かれたローラシア大陸の地図のほぼ中央を示す。

「ラスティエ教国の成立は何年だ?」

 教壇に立つ白い司祭服を着たオリヴィエ先生は眼鏡の奥からレインを見据えている。

 オリヴィエ先生の直前まで読んでいた教科書の頁はまだ見つからない。

 焦るレインはたまたま目に付いた文字を読み上げる。

「ええと、帝国の大迫害が223年だから。ラスティエ教国はその大迫害を乗り越えた、信徒アグラダが建てた国だから……」

 先生の後ろの黒板にはこのローラシア大陸の成り立ちから、現在の教国で広く信仰されているラスティエ教の成り立ちの歴史が世界地図と共にまとめられている。

 レインは手元の教科書と黒板を交互に見比べる。

 しかし結局は諦めて、溜息をつく。

 がっくりと肩を落とす。

「すみません。聞いていませんでした」

 そこでやっとオリヴィエ先生は肩の力を抜く。

「それはそうだ。そこはまだ授業では触れていないところだからな。レイン・アマナギが授業を聞いていないことは、よおくわかった」

 教室中に一際大きく生徒達の笑い声が響く。

 レインは顔を赤くして、緑の革張りの教科書を持ったままうつむいていた。

 横目で長机の両隣の席を盗み見ると、友達のオルグとリャンも声を立てて笑っている。

 まるでレインの返事を待っていたかのように、部屋に三限目終了の鐘が鳴り響く。

 鐘の音を聞いて、オリヴィエ先生は教科書を閉じる。

「よし、今日の授業はこれまで。レイン・アマナギは、今日の授業の反省文を近日中に私の机に提出するように。次の授業までの課題は、ラスティエ教国の成立に関するレポートだ。詳しくは掲示板に張り出しておくから、各々見て置くように」

 オリヴィエ先生は教壇の上の荷物をまとめ、早足に部屋を出て行く。

 教室内の生徒がそれぞれに立ち上がり、次の教室に向かう中、レインは溜息をつきがっくりと椅子に座る。

 椅子の背にもたれかかっているレインに、隣のオルグが遠慮がちに話しかける。

「レイン。次の教室に行こう」

 焦げ茶色の細い髪が白い頬にかかり、少女のような顔には気遣うような表情が浮かんでいる。

「ぷぷっ、レイン反省文だってよ」

 さっさと荷物をまとめ終えて通路に出ていた友達のリャンが口に手を当てる。

 よく日に焼けた小麦色の肌。黒く短いくせっ毛を首の後ろで一本に束ねている。

 濃紺に白の制服も、きっちり着ているオルグとは違い、首のボタンを外し、だらしなく着崩している。

「こ、こらっ、リャン」

 オルグが通路に立つリャンをたしなめる。

 それから申し訳なさそうにレインの顔を覗き込む。

「レイン、ぼくも反省文を書くのを手伝うから。あまり気を落とさないでよ」

 レインはふっと息を吐き出し、オルグに笑って見せる。

「うん、ありがとう、オルグ。でも、反省文は僕一人でも大丈夫だから。オルグは自分のレポートの方を頑張ってよ」

 レインはすっくと立ち上がり、手早く長机の中の荷物を鞄へ詰め込んだ。


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