二章十五話目
列車は白い雲海の中を真っ直ぐに進んでいく。
列車の車輪からは、規則的な枕木の振動が伝わってくる。
たとえ誰かの目に触れなくても、ひっそりと誰かの役に立てたなら。
――技術者、という道もあるんだな。それも、いいかもな。
レインはそんなことをぼんやりと考えた。
窓から目を離し、座席にもたれかかった時だった。
物凄い風切り音が聞こえ、列車全体の壁をびりびりと揺らす。
「な、何だ?」
その轟音に、今までおしゃべりをしていた生徒達が、窓の外を眺める。
いっせいに窓にへばりつく。
それはレインも例外ではなく、隣に座っていたオルグとそろって窓の外を見上げる。
「上だ!」
生徒達の誰かが短く叫ぶ。
上を見ると、太陽に掛かるようにして、巨大な黒い船体が目に飛び込んでくる。
「す、すげーすげー。あれ、何だ?」
同じように窓にくっついているリャンが、興奮して叫ぶ。
空にいたのは、巨大な黒い空船だった。
レインも時々、神学校の上空を通り過ぎる空船を見るが、その黒い船は今までに見たどんな空船とも違っていた。
そもそもこんな間近で空船を見るのは、レインは初めてだった。
こんな低い位置を飛ぶ空船は、今までに見たことがない。
レインは口をぽかんと開ける。
「な、何だあれ」
隣にいたオルグが小声でつぶやく。
「空族の空船だよ。もしどこかの国の公式の空船ならば、ラスティエ教国の領空侵犯はしない。こんな大陸のすぐ傍や、低い位置で飛んだりもしない。空船の飛ぶ高度は、国によって定められている。もしそれに違反するようなら、罪になる」
レインは青い目を見開き、オルグを振り返る。
「法律違反、ってこと?」
オルグはゆっくりとうなずく。
「法律違反も何も。無法者の空族に、国の法律が当てはめられると思うかい?」
オルグは口元に笑みを浮かべる。
しかし眼鏡の奥の目は笑っていない。
レインは窓の外に視線を戻す。
もっともな話だ。
返す言葉もなく、黙り込む。
空族達は、もっと南の海域、カリブ島のある多島海に住んでいると言われている。
その地域だけは、どこの国の手も及ばず、空族達の天国だと言われている。
そのため荷を運ぶ商船は、空族達を恐れてカリブ島付近には近寄らない。
「でも、どうして空族がこんなところに? 空族達が出没する海域は、もっと南だろう?」
レインは黒い空船を視界に留めたまま尋ねる。
オルグは肩をすくめる。
「さあ、ぼくはわからないけれど。空族にも、ここまで出てこなきゃいけない事情が、何かあるんじゃないかな?」
曖昧に笑う。
レインは短い黒髪をつまむ。
「事情、ねえ」
黒い空船に目を凝らす。
その巨大な船から少し離れた場所に、白い小さな点が見える。
空船から距離を取るように飛んでいる。
「何だろう、あれ」
レインはその白い点をよく見ようと、青い目を細める。
すぐ隣では、リャンが望遠鏡を持って、黒い船を観察している。
「すげーすげー、あの黒い船、空族の船だけあって、いくつも砲台がついてるぜ。装甲だって、最新式のものだぜ。空族の船、すげえな。あっ、撃った」
黒い船の一部分が光る。
白い点がわずかに反転する。
その様子を見て、リャンは大声を上げてはしゃいでいる。
レインはリャンの持っている双眼鏡に目を留める。
「リャン、ちょっと貸して」
リャンの手から双眼鏡をひったくる。
双眼鏡をのぞき、黒い船の前を飛んでいる白い点を見る。
レインはあっと、声を上げるところだった。
その白い点は、空を飛ぶ白い竜だったのだから。
何もかもが、レインの夢の中に出てきた、少女の友達と言う白い竜にそっくりだった。
――ほ、ほんとに、白い竜だ。
巨大な翼、長い尾。
巨大な翼の生えたトカゲのように見えたが、その背に誰か人を乗せている。
しかしそれが誰であるかまでは、この距離では見えない。
レインは双眼鏡を外す。
隣のリャンに返す。
――も、もしかして、リシェン? いや、リシェンのお父さんかも。