二章七話目
リシェンは手を叩く。
どうってことないかのようにつぶやく。
「ローラシア大陸の東の端の島国ですか。この千年の間に、国の名前が色々と変わったんで、地理の得意でないわたしは、まだ全部を覚えきれていないのですよ。ごめんなさい」
リシェンは照れ隠しにくすくすと声をたてて笑っている。
――は、はあ。
レインは少々拍子抜けしてしまう。
「レインは、変なことを言うんですね。ラスティエ様に見放されたとか、鈴牙人だから、とか。ラスティエ様は、ここからすべてを見守っておいでですから。見放すとか、差別するとか、そういったことはしないのですよ? 木に止まる小鳥も、人間も、同じように愛していらっしゃいます」
そう話すリシェンの笑顔は本当に美しく、まるで天使か妖精のように、レインの目には映った。
――そ、そうだったんですか。
レインの心の中に、黒い雲の間から明るい光が差したようだった。
鈴牙人だからと卑屈になっていた自分が、馬鹿だったことのように思えてくる。
リシェンは腰に手を当てる。
すねた様な顔をして、レインを覗き込む。
「それに、その鈴牙国には、リタ・ミラ様がいらっしゃったのですよ? ラスティエ様が見放すはずがないじゃないですか」
――え?
レインの頭が真っ白になる。
驚いた顔のまま凍りつく。
――リタ・ミラ様がいらっしゃった?
リシェンの言葉を繰り返す。
遠慮がちに尋ねる。
――あの、それってどういう。
言葉は最後まで続かなかった。
空から空気を震わすほどの大きな動物の鳴き声が降ってくる。
レインの足元に影が落ち、上空をふり仰ぐ。
見上げると、枝葉の間から、白い獣の影が見える。
それは徐々にこちらに近付いてくる。
「サライ!」
リシェンが上空を見上げて叫ぶ。
サライ、と呼ばれた白い獣は、大樹の周りを旋回して、こちらへと降りてくる。
白い獣は少し離れた岩場に着地する。
獣の羽ばたく風に押され、レインは腕で顔を覆う。
リシェンがそちらへと走っていく。
「サライ、お帰り」
その白い獣の首に抱き着く。
レインは口をぽかんと開け、その巨大な白い獣を見上げている。
身の丈はレインの身長の数倍はあろうか。
その白い獣の背には、コウモリのように翼があり、全身を爬虫類のように鱗に覆われている。
翼がなければ、一見して巨大なトカゲのようだったが、翼があり、空を飛ぶ様子は鳥に近いように見えた。
レインはまじまじと白い獣の全体を眺める。
図鑑でしか見たことのない、空に住む生き物の名前が口をつく。
――もしかして、竜?
リシェンが白い獣の首から手を離し、こちらを振り向く。
「紹介しますね、レイン。こちらがわたしの友達のサライです。サライ、こちらはリタ・ミラ様の御子を育てるレインです」
レインと獣を交互に見比べる。
サライは青い目でじっとレインを見つめている。
口を開け、大きな鳴き声を上げる。
びりびりと辺りの空気を震わせる。
――よ、よろしく。
近付くことは躊躇われたので、レインはサライにとりあえず頭を下げる。
長い尻尾がばたんばたんと地面の石を叩く。
甲高い声で鳴く。
サライの首をなでていたリシェンがこちらを振り返る。
「よかったですね、レイン。サライはあなたを気に入ったようですよ」
リシェンはレインに微笑みかける。
その笑みを見て、レインの顔が赤くなる。
――いえ、それは、まあ。ありがとうございます。
首の後ろをかく。
サライの口は大きくて、レインの頭がその口の中にすっぽりと収まってしまうほどだった。
わずかに腰を引きながら、レインはその白い獣を見上げている。
白い獣の金色の瞳がレインを捉える。
レイン自身、不思議と怖い気持ちはなかった。
好奇心の方が先に立つ。
じろじろと白い獣を見回す。




