二章六話目
二人の間に静かな沈黙が落ちる。
「皆が御子を育てるのに失敗した理由は、御子が人の心を読むからです」
思っても見ない答えに、レインは青い目を見開く。
――え?
リシェンの金の髪が風に揺れる。
――人の心を、読む?
レインの言葉に、リシェンはうなずいた。
目を伏せ、話し続ける。
「人の心を読む、と言っても、すべての人の心を読むわけではありません。生まれたばかりの赤ん坊が、周囲の置かれた環境を読み取るように。御子は宿主やその周りの人間の心を読み取るのです。そして、宿主に尋ね、語りかける。恐らくは、御子が人間のことをもっと知りたいと思うのでしょう。自分の置かれた環境を把握するために。生き残るために」
レインは差し挟む言葉もない。
故郷の北方群島にいた頃は、飼い犬がレインの顔をじっと見つめ、主人の命令に忠実に動いていたが、あれもレインの心を読み取っていたからだろうか。
そんなことが思い出された。
「心を読み取られ、しかも話しかけられる。そんなことをされて、気持ちのいい人間はいません。多くの人間は、その存在を拒絶するでしょう」
――う、うん。
レインは考えがまとまらないながらも、返事をする。
「リタ・ミラ様の御子を、人から引きはがす手段がないわけではありません。しかしその場合、引きはがされた御子は宿主を失った途端、死んでしまいます。大樹を次の世代に引き継ぐには、成長した御子を正しい方法で土に埋めなくてはなりません。御子の成長には、最低で十年はかかると言われています」
レインは渋い顔をする。
――十年?
レインは今十七歳なので、二十七歳ということか。
十年後の自分など、とても想像できなかった。
腕組みをして、首を捻る。
――十年後、ねえ。
リシェンは話し続ける。
「リタ・ミラ様がご存命ならば、御子が無事に育たなくても、次の千年にかけることが出来たのでしょうが。あるいは御子を宿す人間が多ければ、一人か二人ぐらい大樹として育てることのできる人もいたのでしょう。しかしリタ・ミラ様亡き後、それは不可能です。この先世界を安定させるためにも、最低でも二人、二本の大樹が必要だとラスティエ様はおっしゃっています」
レインは尋ねる。
――二本? それって、雌木と雄木のこと?
人間に女性と男性がいるように、木にも雌と雄でわかれている木がある。
イチョウなどの木がそうだ。
実を付けると木と付けない木、雌と雄がはっきりわかれている。
それよりも、レインには引っかかることがあった。
世界を安定させる、とは一体どういうことなのだろう。
――あの、リシェンさん。世界を安定させる、とは一体。
レインが聞き返すと、リシェンの顔色が一瞬にして変わる。
白い手で口元を押さえる。
顔にはありありと、余計なことを話してしまったという表情が浮かんでいる。
レインは困ってしまう。
足元に転がる岩石を見下ろす。
――別に、話したくないことなら、無理に話さなくていいです。僕自身、無事にリタ・ミラ様の御子を育てられる自信はありませんし。事態に深入りしていい人間でもありません。
そこで言葉を切る。
レインにとって辛い言葉を口にする。
――だって、僕は鈴牙人ですから。ラスティエ様にも見放された民の末裔ですから。
苦笑いを浮かべる。
鈴牙人が放逐された民というのは、ラスティエ教を信じる人々であれば、知っていて当然のことだった。
現に鈴牙国は雲海に沈み、国民は行き場所を失ってしまったのだから。
リシェンは深緑色の目を見開く。
じっとレインを見つめている。
リシェンは首を傾げる。
口を開く。
しかしリシェンが発した言葉は、レインの思いもよらない言葉だった。
「鈴牙人、とは何ですか?」
金の眉を寄せる。
考え込む素振りをする。
――へ?
レインは口をぽかんと開ける。
当然知っているものと思っていたレインは、その問いに答えることができない。
――ええと、東の雲海の端にある国で。
必死に説明をしようとする。
「あぁ、あそこの国ですか」




