七章二十一話目
そんな時、部屋の扉がノックされる。
(来た)
レインはどきりとして身構える。
「レイン君、ちょっといいかしら」
扉の向こうから若い女性の声が聞こえてくる。
(あれ?)
レインの予想に反して、扉を開けて部屋に入って来たのはイヴン先生とシェーラ先生だった。
二人とも普段の先生然としたきっちりした格好では無く、セーターにズボン、小脇に厚手のコートを抱えている。
「レイン君、調子はどう」
「元気そうだな」
笑顔のシェーラ先生と、普段より穏やかな表情をするイヴン先生が並んで立っている。
レインはベッドの上から二人の顔を見比べる。
「イヴン先生、シェーラ先生」
シェーラ先生は万一のことを考えて、レインと北方群島まで一緒に着いて来てくれた。
北方群島の診療所に着くと、診療所の先生に頼んでシェーラ先生は大陸へと帰って行った。
イヴン先生とは、病院の退院の時に会ったきりだ。
あの時はまともに事情を聞く機会もなかった。
驚いているレインに、イヴン先生が口を開く。
「突然訪ねて悪かったと思っているが、こちらも連絡する時間がなくてな。近くに来る用事があったから、様子を見に寄ったんだ。体の調子はどうだ?」
イヴン先生はやや硬い口調でレインに話しかける。
その顔には疲れた色が見える。
(きっとイヴン先生もあんなことがあって以来、ずっと働き通しだったんだろうな。僕が入院している間も、ずっと犯人の手がかりを探していたんだろうな)
あれ以来、レインは他にやることも無く新聞にずっと目を通していたが、それらしい記事は載っていない。
ジョゼ神学校であった、黒竜に関する記事も載っていなかった。
これはどういうことなのだろう。
「随分と良くなりました。ありがとうございます」
レインはイヴン先生に頭を下げる。
イヴン先生の代わりにシェーラ先生が言葉を引き継ぐ。
「それは良かったわ。兄さんも随分とあなたのことを心配しているようだったから。兄さんはいつもこんな調子だから、心配が顔に出ないのよね。でも本当はあなたのことをとても心配してたのよ」
「シェーラ、余計なことは言わなくていい」
イヴン先生が不機嫌な声でシェーラ先生をたしなめる。
シェーラ先生は肩をすくめる。
「とまあ、こんな調子だから、兄さんは有能なのに彼女の一人も出来ないのよね」
「シェーラ!」
イヴン先生が眉をつり上げる。
レインは兄妹のそんな取りを聞いて、青い目を丸くしている。
「お前はこんな時にふざけている場合か。我々がここに来たのは別の目的があったためだろう」
イヴン先生が鋭い声で叫ぶ。
シェーラ先生はわざとらしく溜息を吐く。
「兄さんは仕事仕事と言ってばかりで、少しは肩の力を抜いた方がいいと思って言ったのに。いくら兄さんが仕事人間だからって、付き合ってるこっちは息が詰まっちゃうわ。折角少し時間が取れたんだから、エディン湖の観光とベリーパイをお土産に買って行こうと思ったのに。ベリーパイは五種類のベリーをぜいたくに使ったパイで、首都でも高級店しか売っていないパイなのよ? 他にもベリーを使ったお酒やジュース、ここでしか食べられない羊肉のヒレステーキ、ベリーソース掛けと木の実のシチューはここで絶対食べておくべきよ。この前レイン君の付き添いの時は急いでいたから駄目だったけど、今度はここにしばらくは留まるんでしょう? 兄さんも仕事を別にして楽しまなきゃ損よ」
いつになく押しの強いシェーラ先生だった。
それにはイヴン先生も迷惑そうな顔をしている。
「私は別にここに観光のためにやって来た訳では無いのだが」
「それでもずっとレイン君にくっついていなきゃいけない訳じゃないでしょう? ここにいる以上は、この土地のことを楽しまなきゃ損なのよ」
あまりに強いシェーラ先生の押しに、流石のイヴン先生もやや腰が引けている。
「そう言えば、この地には初期ラスティエ教の書物や遺跡、教会があると聞いたことがあるな。少し時間があればそちらを見てみるとするか」
イヴン先生はシェーラ先生から視線を逸らして答える。
シェーラ先生は得意げに拳を握りしめる。
「あの、しばらくここに留まるとは?」
二人の話を聞いていたレインは、話しの流れにさっぱりついて行けない。
どうしてシェーラ先生が北方群島で観光する気が満々なのかよくわからない。
「あぁ、まだ話してなかったな。我々はある方々と君たちの警護をするために、ここにやって来た。今から冬休みが明けるまで、しばらく辺境伯のお屋敷でお世話になることになっている」