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七章十九話目

 レインが問い掛ける。

「セイナは家の前に捨てられていたの? 本当に?」

 すぐには信じられないことだ。

 都会でならまだしも、こんな田舎のしかも決して裕福ではないレインの家の前に、赤ん坊が捨てられているなんて。

 辺境伯のお屋敷の前ならまだわかるが、どうしてレインの家のような平凡で古い民家の前に捨てられていたのだろう。

 父の源太はレインの問い掛けにこっくりとうなずく。

 話を続ける。

「セイナの入れられた籠の中には一通の手紙が入っていた。女性のきれいな字でこう書かれていた。『どうか私たちに代わって、この子を育てて下さい』品の良いきれいな便箋に書かれていたのは、その一言だけだった」

 セイナの両親に、何か育てられない事情でもあったのだろうか。

 レインは窓の外にいる母のアンジェと妹のセイナを眺める。

 ついさっき診療所から出ていったリシェンと弟のコウが二人のそばに立って、何かを話している。

 恐らくコウがこれからエディン湖にリシェンを連れて行くことを話しているのだろう。

 レインが彼らに目を取られていると、源太の声が聞こえる。

「最初、籠に入って捨てられてセイナにどう接すればいいのかわからなかった。驚いた母さんの涙は、いつの間にか止まっていた。私たちはどうすればいいのかわからず、セイナを連れて辺境伯夫妻に相談に行った。荷馬車で辺境伯のお屋敷に向かう間、母さんは目が覚めてむずがるセイナをずっと抱っこしてあやしていた」

 ここ北方群島では、中央から派遣されてきた教会の司祭よりも、代々この土地を治めている辺境伯の方が気軽に相談できる。

 そのため困りごとがあった場合は、島民がまず向かうのは辺境伯のお屋敷だった。

「それで、辺境伯は何と?」

 レインの言葉に、源太は話を続ける。

「辺境伯夫妻は、すぐにセイナのことを北方群島中に知らせたよ。誰か赤ん坊を手放した者はいないかと。その間、赤ん坊であったセイナは私たちが預かることになった。母さんが背中に負ぶって辺境伯のお屋敷に通うことになった。セイナは屋敷の人たちに可愛がられた」

 レインは屋敷で働いている島民の大人たちの顔を想像する。

 辺境伯夫妻も含めて、誰もが赤ん坊を捨てるなんてとんでもない親だと、非難するに違いない。

 丘の向こうの気難しいおばさんやその一族を覗いては。

「しかし一ヶ月経っても、二ヶ月経ってもセイナの親だと名乗り出る者はいなかった。三ヶ月が経って、私たちは再び辺境伯夫妻に相談した」

 源太の声は多少の落胆を含んでいた。

「その頃には母さんはセイナをまるで本当の娘のように思っていたようだ。現に何も知らないコウはセイナを本当の母さんの子どもだと思っていたようだ。辺境伯夫妻は、もしもセイナを家で育てるのが難しいのならば、辺境伯のお屋敷で育ててもいいと提案した。大陸の孤児院に預けるよりは、この北方群島で育てた方がいいとお考えだった。私と母さんはしばらく時間をもらい、セイナの今後について相談した」

 源太はそこで言葉を切り、ちらりとレインの顔を見る。

 レインはどきりとする。

「どうせお前のことだ。学費が安く補助の出る神学校に通っているくらいだから、大学に通うにしても補助や奨学金の出る大学を自分で選ぶに違いない。そのことには私も母さんもとても助かっている。と言っても、多少学費が高いところでもお前が本当に希望するならば出来る限りは行かせてやろうと、母さんも私も思っていたんだがな」

 父の源太は気恥ずかしそうに頭をかく。

 そんなことを父の口から率直に言われ、レインの方が戸惑ってしまう。

「とにかく、お前のおかげで学費が随分と助かっていることは事実だ。だがお前が無理をする必要は無いんだぞ。私や母さんにも多少の蓄えはある。お前がもし本当に行きたい進路があるのなら、親として出来る限りの援助をするつもりだ」

「父さん」

 レインは胸がいっぱいになって言葉に詰まる。

 こんなところでそんなことを言われるとは思っていなかった。

 難しい年頃のレインは、実家に帰ってもあまり両親と本音で話し合うことは無い。

 父とこうしてゆっくり話をするなどどれくらいぶりだろうか。

 源太は真っ直ぐに見つめるレインと視線を逸らさずに話し続ける。

「話がずれてしまったな。辺境伯夫妻のお話を聞いて、私や母さんはセイナの将来を考えた。この三ヶ月の間に、母さんはまるでセイナを本当の娘のように可愛がっていた。自分が流産した子どもの代わりに、神様が与えて下さった子どもだと思っていた。辺境伯のお屋敷では、跡継ぎのライ様が三年前にいなくなってから、ずっと沈みがちだった。もしもセイナが辺境伯のお屋敷に引き取られても、奥方様が愛情を持って育てて下さるだろう。だが私は妻のアンジェに笑顔が戻ったのが素直に嬉しかったんだ」

 最後の一言には、レインもちょっとびっくりした。

 源太の母を気遣う真面目な言葉に青い目を丸くした。

 鈴牙人の父が母と結婚する時、ちょっとした騒動があったことは聞いている。

 母のアンジェが実は良い家のお嬢様で、辺境伯の奥方ユキコ様とは古くからの友人だった。その縁で北方群島を訪れて、父の源太と知り合ったことも知っている。

 しかし具体的にどういう騒動があったのか、レインはよくは知らない。

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