表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
192/320

七章十七話目

 源太は椅子に腰かけたまま淡々と話している。

「すまなかったな。お前にはもっと早く話しておけば良かった。そうすれば無用な心配をかけずにすんだ。お前が無暗に不安がることは無かった」

 父の源太が律儀な性格で、人を逸らさないことは知っていたはずなのに。

 レインは両親を少しでも疑ってしまったことを恥ずかしく思う。

「ごめん、父さん」

 レインは窓へと視線を向け、外にいる母のアンジェと妹のセイナを見る。

 青い空と白い雲を背景に緑の草の上に立つ二人は、とても遠い存在のように見える。

 しかしそれもレインがそう思っているからであり、本当は壁一枚隔てたすぐそばにいるはずなのだ。

 遠いと感じるのはレインの心の隔たりだ。

 家族と距離を感じているのは、レインが原因なのだ。

「ごめん」

 レインは喉の奥からかろうじてそう絞り出すことが精一杯だった。

 視線を戻すと、源太は寂しげな表情を浮かべている。

「お前が謝ることじゃない、レイン。お前にはセイナのことを何も説明しなかったからな。謝るのはこっちの方だ」

 源太はそこでいったん言葉を切る。

 目を伏せて、視線を膝の上に落とす。

「それにお前はとても大変な状況にいる。父さんも母さんもそれは理解しているつもりだ。今回の件だってそうだ。お前の命があっただけでも、神様に感謝しないといけないくらいだ」

「父さん」

 レインは青い瞳で目の前に座る父を見つめる。

 何と言ったらいいのかわからずに黙っている。

 源太は目を細める。

「妹のセイナの話がまだだったな。それに母さんの話も」

 レインは小さくうなずく。

 源太はそれを見て声音を変えずに話し続ける。

「お前が帰ってきた夏頃、母さんのお腹には子どもが宿っていた。そこまでは話したな?」

 父の問いかけに、レインはうなずく。

「それで、母さんのお腹の子と、セイナは別の子どもなんだよね?」

 恐る恐る尋ねる。

 我ながらあまりに率直な問いだった。

 源太はますます困ったような表情をする。

「今それを話そうと思っていたところだ。とにかく、子どもが出来て母さんはとても喜んだ。その喜びぶりと言ったら、コウが呆れるほどだった。それで母さんはいつも以上に働いた。辺境伯も辺境伯夫人も心配したが、母さんは仕事を休もうとは思わなかった。それがいけなかったのだ。母さんは無理をし過ぎてしまった」

 そこまで話して父の源太は顔をしかめる。

「母さんが体の異変に気付いて、診療所に駆け込んだ時のことだ。母さんは仕事の無理がたたってお腹の子が流れてしまった。まだ妊娠がわかって二、三ヶ月のことだったからな。不安定な次期だったのだと、診療所の先生に言われたよ。お前とコウを生んだ時はそうでは無かったから油断していたが、三人目の子どもは流産だったんだ」

 レインは返す言葉も思い浮かばず、黙って父の話を聞いている。

 父の源太はいつも以上に饒舌になっている。

「それで、どうなったの?」

 源太は悲しげに目を伏せる。

「母さんは、すっかり気落ちしてしまってな。診療所からの帰り、ずっと泣きっぱなしだった」

「気丈な母さんが、泣くなんてこと」

 レインはわずかに青い目を見開く。

 すぐにうつむいてベッドの上に視線を落とす。

 レインが夏に帰った時は、家族はいつも通りだったことを思い出す。

 それに母が涙を見せるなど、レインは今までに数回しか見たことが無い。

「母さんは、今は大丈夫なの?」

 レインはうつむきながら父に尋ねる。

 源太は窓に目を向け、穏やかな声で答える。

「あぁ、今はあの通りだ。セイナが家に来てから、母さんもずいぶん明るさを取り戻した。セイナのことも、神様に感謝しないといけない。きっとセイナがいなかったら、母さんは毎日泣き暮らしていたかもしれない」

 窓の外では母のアンジェと妹のセイナが、明るい日差しの下で笑っている。

 レインも窓の方を見て、思わず目を細める。

 それがとても尊いことのように思えて、ほっと息を吐き出す。

「良かった。母さんが笑えるようになって」

 レインに子どもを失った母の気持ちがわからなくても、ぼんやりとなら想像することが出来る。

 レイン自身も親友のオルグを亡くしたばかりだ。

 身近にいる誰かを失う気持ちは理解しているつもりだ。

 そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。

「お前も母さんのことを心配するくらいに成長したんだな」

 気が付けば父の源太が真っ直ぐにレインを見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ