七章十七話目
源太は椅子に腰かけたまま淡々と話している。
「すまなかったな。お前にはもっと早く話しておけば良かった。そうすれば無用な心配をかけずにすんだ。お前が無暗に不安がることは無かった」
父の源太が律儀な性格で、人を逸らさないことは知っていたはずなのに。
レインは両親を少しでも疑ってしまったことを恥ずかしく思う。
「ごめん、父さん」
レインは窓へと視線を向け、外にいる母のアンジェと妹のセイナを見る。
青い空と白い雲を背景に緑の草の上に立つ二人は、とても遠い存在のように見える。
しかしそれもレインがそう思っているからであり、本当は壁一枚隔てたすぐそばにいるはずなのだ。
遠いと感じるのはレインの心の隔たりだ。
家族と距離を感じているのは、レインが原因なのだ。
「ごめん」
レインは喉の奥からかろうじてそう絞り出すことが精一杯だった。
視線を戻すと、源太は寂しげな表情を浮かべている。
「お前が謝ることじゃない、レイン。お前にはセイナのことを何も説明しなかったからな。謝るのはこっちの方だ」
源太はそこでいったん言葉を切る。
目を伏せて、視線を膝の上に落とす。
「それにお前はとても大変な状況にいる。父さんも母さんもそれは理解しているつもりだ。今回の件だってそうだ。お前の命があっただけでも、神様に感謝しないといけないくらいだ」
「父さん」
レインは青い瞳で目の前に座る父を見つめる。
何と言ったらいいのかわからずに黙っている。
源太は目を細める。
「妹のセイナの話がまだだったな。それに母さんの話も」
レインは小さくうなずく。
源太はそれを見て声音を変えずに話し続ける。
「お前が帰ってきた夏頃、母さんのお腹には子どもが宿っていた。そこまでは話したな?」
父の問いかけに、レインはうなずく。
「それで、母さんのお腹の子と、セイナは別の子どもなんだよね?」
恐る恐る尋ねる。
我ながらあまりに率直な問いだった。
源太はますます困ったような表情をする。
「今それを話そうと思っていたところだ。とにかく、子どもが出来て母さんはとても喜んだ。その喜びぶりと言ったら、コウが呆れるほどだった。それで母さんはいつも以上に働いた。辺境伯も辺境伯夫人も心配したが、母さんは仕事を休もうとは思わなかった。それがいけなかったのだ。母さんは無理をし過ぎてしまった」
そこまで話して父の源太は顔をしかめる。
「母さんが体の異変に気付いて、診療所に駆け込んだ時のことだ。母さんは仕事の無理がたたってお腹の子が流れてしまった。まだ妊娠がわかって二、三ヶ月のことだったからな。不安定な次期だったのだと、診療所の先生に言われたよ。お前とコウを生んだ時はそうでは無かったから油断していたが、三人目の子どもは流産だったんだ」
レインは返す言葉も思い浮かばず、黙って父の話を聞いている。
父の源太はいつも以上に饒舌になっている。
「それで、どうなったの?」
源太は悲しげに目を伏せる。
「母さんは、すっかり気落ちしてしまってな。診療所からの帰り、ずっと泣きっぱなしだった」
「気丈な母さんが、泣くなんてこと」
レインはわずかに青い目を見開く。
すぐにうつむいてベッドの上に視線を落とす。
レインが夏に帰った時は、家族はいつも通りだったことを思い出す。
それに母が涙を見せるなど、レインは今までに数回しか見たことが無い。
「母さんは、今は大丈夫なの?」
レインはうつむきながら父に尋ねる。
源太は窓に目を向け、穏やかな声で答える。
「あぁ、今はあの通りだ。セイナが家に来てから、母さんもずいぶん明るさを取り戻した。セイナのことも、神様に感謝しないといけない。きっとセイナがいなかったら、母さんは毎日泣き暮らしていたかもしれない」
窓の外では母のアンジェと妹のセイナが、明るい日差しの下で笑っている。
レインも窓の方を見て、思わず目を細める。
それがとても尊いことのように思えて、ほっと息を吐き出す。
「良かった。母さんが笑えるようになって」
レインに子どもを失った母の気持ちがわからなくても、ぼんやりとなら想像することが出来る。
レイン自身も親友のオルグを亡くしたばかりだ。
身近にいる誰かを失う気持ちは理解しているつもりだ。
そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。
「お前も母さんのことを心配するくらいに成長したんだな」
気が付けば父の源太が真っ直ぐにレインを見つめていた。