七章十六話目
病院で聞いたあの言葉はどういう意味なのかと、ついつい気になってしまう。
「ふん、イストアの死の商人どもめ。戦争の仕掛け人め。昨夜の襲撃事件で死んでしまえば良かったものを」
あの後、同じ病室の三人とは何度か顔を合わせる機会があった。
どの人も普通のおじさんやおじいさんで、とてもあんなことを言う人には見えなかった。
レインは彼らにお礼とお別れを言って病院を後にした。
「リシェンさんもずっとレインの看病ばかりでは気も滅入るだろう。コウ、リシェンさんにこの周りを案内してあげなさい」
父の源太が隣に座って飴をなめていたコウを見る。
「は~い」
弟のコウは椅子から飛び降りる。
「わ、わたしは別ニ」
リシェンが戸惑っている。
そう言っている間に源太がコウに小遣いを握らせる。
「ほら、これでリシェンさんに何か買ってあげなさい」
小遣いを受け取ったコウが目を輝かせる。
「こんなに? 父ちゃん、ありがと~」
源太から受け取った小遣いをポケットに入れ、コウは上機嫌でリシェンに話しかける。
「リシェン姉ちゃん、レイン兄ちゃんのことは父ちゃんに任せてさ。これからおれとエディン湖まで散歩に行こうよ。途中にあるミデェール商店で買い物とお茶でもしてさ。リシェン姉ちゃんにも気分転換は必要だよ?」
エディン湖周辺は北方群島でも風光明媚な観光地として知られている。
この診療所から近く、歩いてでも行けれる距離だ。
特に春から秋までの観光シーズンは多くの観光客で賑わう。
ミデェール商店はその観光地でも観光客の多く来る場所だった。
地域の土産物を売っている商店と、喫茶店とを併設している。
特にその喫茶店で出される地域の農作物を使ったメニューが有名で、観光シーズンの昼ともなると、その喫茶店で出されるランチを目当てに観光客が詰め寄せることでも有名だった。
今の冬の季節はそれほど観光客は多くはなく、辺りの商店や宿も閑散としている。
もしもレインが元気であれば、コウの代わりにリシェンを真っ先に連れて行ってあげるところだ。
「で、デモ」
リシェンはちらちらとレインを見ている。
レインはリシェンを安心させようとにっこりと笑う。
「僕なら大丈夫だよ。父さんもいるし、母さんも外で妹のセイナの面倒を見ている。だから安心して行って来てよ」
父の源太も言葉を添える。
「本当はレインに案内させたいんだけどな。レインはこんな状態だからなあ。北方群島はこんな田舎だが、せめて留学生のリシェンさんにはこの地域の良いところを見てもらいたいと思っているんだ」
リシェンはますます困ったように小さくなる。
「わ、ワタシハそんなことはナイデス。皆さんには十分に歓待をウケテイマス。それに、わたしの故郷も田舎デスシ。そこまで気をツカッテいただかナクテモ」
小さな声でつぶやく。
コウはリシェンの話しも半分に、もう部屋の扉の前に立っている。
「ほら、リシェン姉ちゃん。早く行こうよ」
扉の前で手を振っている。
レインと源太も戸惑うリシェンを笑顔で送り出す。
「行ってきなよ、リシェン」
レインの言葉に、ややあってリシェンはうなずく。
「ハイ、行ってきマス」
レインを振り返り、困ったように笑う。
コウのそばまで歩いていく。
「ヨロシクお願いします」
コウに頭を下げる。
調子に乗ったコウが得意そうに胸を張る。
「おれが案内するからには、レイン兄ちゃんよりも上手に案内するからね。大船に乗ったつもりでいてよ」
(また虫や危ない植物なんか拾ってくるんじゃないだろうな? リシェンを危ない場所にだけは連れて行かないようにな)
レインは兄としてはらはらした気持ちでコウとリシェンを見送る。
二人は連れ立って部屋を出て行く。
診療所の部屋にはレインと父の源太だけが残る。
レインが口を開くよりも早く、深刻な声で源太が話し出す。
「お前が妹のセイナを見て戸惑うのはわかっているつもりだ。お前の考えている通り、セイナはお前の血の繋がった実の妹ではない」
やはり、とレインは心の中で考える。
しかしそれはあえて口に出さないでおく。
「お前が夏に帰って来た時、お前には話さなかったが、母さんのお腹の中には新しい命が宿っていたんだ。その時はまだ確証はなかったから話さなかったが、いずれは時を見てお前にも話そうと考えていた」