一章十六話目
男達との距離はかなりあったし、実際に頭を殴られたような感触はない。
それにも関わらず、レインは地面に倒れ、体どころか指先ひとつ動かすことができない。
――いったい、何が起こったんだ?
レインは地面に倒れ伏したまま、近づいてくる黒服の男達を見つめる。
「観念するんだな」
白銀の杖が、レインの前に振り下ろされる。
レインは体を動かすことができないまま、地面に突き立った杖の先を眺めていることしかできなかった。
「ど、どうする?」
「生徒に気づかれたのでは、まずいのではないか」
黒いローブを着た二人の男が互いにささやき合っている。
白銀の杖を地面に突き立てていた男が二人を振り返り、冷たく言い放つ。
「ならば、口を封じればいい」
男の言葉を聞いた瞬間、レインはぞっとした。
――口を封じる、ってことは、殺すってことか?
レインは痛む頭を微かに動かし、男を青い目でにらみつける。
黒いフードの下から、男の冷たい眼差しがレインを見下ろしている。
恐らくこの大司祭の男は、鈴牙人の少年がここで死んだとしても気にも留めないだろう。
ラスティエ教の聖典の教義を忠実に守る権力者であれば、尚更のことだが。天空神ラスティエに見捨てられ、国を失った鈴牙人ならば、死んで当然だと思っている者もラスティエ教国に少なからずいる。
黒いローブの男が無言で杖を構える。祈りの言葉を唱えると、白銀の杖の先に光が集まっていく。
中庭の朝霧はたゆたい、生い茂った草に朝露が揺れる。
すぐそばのグラウンドからは、生徒達の声は全くといいほど聞こえてはこなかった。
レインは今更ながら、生徒達や先生に助けを求めても無駄だという考えに思い至った。
大司祭ともあれば、この国立の神学校の校長よりも偉く、この学校の中で誰も逆らえるものなどいない。
彼らの命があれば、鈴牙人のレインなど簡単に引き渡されてしまうだろう。
仮にここで逃げ切ったとしても、学校にレインの居場所などない。
かばってくれる者など、誰もいないだろう。
――僕は、死ぬのか?
今朝から何度、レインはそう思ったことだろう。
――今日はとことんついていないな。