七章十四話目
父、源太の渋い顔に、レインは何も言うことが出来なかった。
今は聞いてはいけないということはわかっている。
しかしレインの心の中に聞きたいことは山ほどある。
「わかった」
レインは多くの疑問を心の奥底に沈み込ませる。
もう幼い子どもでも無いのだ。
それくらいの分別はわきまえているつもりだ。
ここで駄々をこねて、両親を困らせたくない。
「でも、僕が故郷に戻ったら、怪我が治ったら、絶対に教えて。それまで僕は何も聞かない。妹のセイナのことも、何も聞かないから」
レインの静かなつぶやきに、父の源太は小さく笑う。
「すまないな」
源太の大きな手がレインの黒髪に触れる。
くしゃくしゃとかき回される。
「お前も一人前の口を効くようになっで。どおりでおらも年取るわけだ。鈴牙国に残った父さ母さも、今のレインを見たらどんなに喜ぶか」
源太は感極まったような嬉しそうな顔をしている。
レインの頭を撫でている。
源太にまた鈴牙訛りが出てしまっている。
「父さん。僕だってもう十七歳なんだから、いい加減子どもじゃないよ」
レインは急に照れくさくなる。
父の源太に子ども扱いされているところをリシェンに見られたらと思うと、妙に気になってしまう。
けれど、リシェンは母のアンジェと妹のセイナの話で盛り上がっている最中だった。
「それでね。セイナったら、ようやくハイハイ出来るようになったんだけどね。そうしたら今度は家の外に出て行ってしまってね。羊の群れの中に紛れ込んでしまったの。羊に踏んづけられそうになっているところを、お隣の奥さんが見つけてね」
「わかりマス。ワタシの親戚の子が、山羊の角でひっかけられそうにナッテマシタ」
「それは大変だったわねえ。うちのセイナももう少しで羊のひずめに踏まれそうだったんだけどね。お隣の奥さんが慌てて牧羊犬で追い立ててくれて、羊の群れを散らしてくれたそうよ。本当に良かったわ」
「ソレハ良かったデスネ。ワタシの親戚の子は、山羊の角に産着がひっかけられたノデスガ、すぐに破れて地面に転がってシマッタヨウデス。泣いているトコロヲ、無事に保護するコトガデキマシタ」
「山羊も気性が荒いから。ひどいことに繋がらなくて良かったわね」
「ソウデスネ。親戚の子もすり傷程度ですんだヨウデス」
「それなら良かったわ」
「ハイ」
レインはリシェンがアンジェとすっかり仲良くなっている様子を、複雑な思いで見守っていた。
するとそれを椅子に座って見ていたコウがにやりと笑う。
「今レイン兄ちゃん、リシェンちゃんに相手にされなくて、少し残念だっただろう。そうだろ?」
コウに指摘され、レインは黙り込む。
図星だった。
しかしそれを認めるのも恥ずかしく、レインはごそごそとベッドにもぐりこむ。
「僕は怪我のこともあるし、もう少し寝るよ。また何かあったら教えて」
出来るだけ平静を装って話す。
ベッドに横になり、家族に背中を向ける。
「わかったよ、レイン兄ちゃん」
コウは相変わらず茶化すように答える。
「こんら、コウ!」
父の源太がたしなめる。
レインは家族の声を聞きながら、目を閉じる。
「さっきはごめんなさい、レイン」
寝入り際に母アンジェの謝る声が聞こえたような気がした。
――構わないよ、母さん。母さんが怒るのも当然だから。
レインは心の中で返事をする。
――僕の方こそ、ごめん。
その言葉は母に届いたのだろうか。
レインが目を閉じると、すぐに眠気が襲ってきた。眠りの世界に落ちて行った。
容体が落ち着くのを待って、レインは故郷の病院に搬送されることになった。
その時にはイヴン先生とシェーラ先生が見送りに来てくれた。
レインを北方群島の病院に搬送する間、シェーラ先生が付き添いで来てくれると言う。
「私は看護師の資格も持っているから、いざとなったらレイン君の応急処置くらいは出来るのよ。安心して」
シェーラ先生はそう言って笑った。
レインは家族とリシェンに助けられながら、陸路で北方群島を目指すことになった。
高速列車を乗り継いで、港から北方群島行きの船に乗る。
船に揺られて数時間。日が暮れる頃には北方群島の島々が見えてきた。
北方群島に到着したレインは、島で唯一の診療所に入院した。