七章十一話目
よく知った家族の態度が、今日はどこかよそよそしく見える。
「そうね。リシェンちゃんももちろん一緒に行くつもりよ? リシェンちゃんはホームステイとして、家で預かることになるだろうから。リシェンちゃんの竜は、家の納屋には入らないだろうから、辺境伯のお屋敷の馬小屋で一緒に世話をしてもらうといいわ」
レインはぼんやりと目の前の両親を見つめている。
両親の言葉がどこか遠いところから聞こえてくるような気がする。
「ねえ、兄ちゃん。どうして兄ちゃんはホテルなんて泊まってたの? あ、もしかして校則違反ってやつ? だったらこれは聞かない方がいいのかな?」
コウはまだそれにこだわっている。
リシェンは近くにあるはずの売店から帰ってこない。
そういえばリシェンはお金を持っているのだろうか。
急に心配になってくる。
「それは」
コウに説明しようとも思ったが、レインは頭が上手く回らない。
あまりに事態が性急に動きすぎて、現実に追いついて行けないでいる。
イヴン先生にもシェーラ先生にもまだ会っていない。
仕事が忙しいことはわかるが、これらの事態の説明をまだ誰からもしてもらっていない。
「別にいいんだよ、兄ちゃん。兄ちゃんとリシェンちゃんとのことは、おれはこれ以上何も口出ししないから」
妙にコウが気を遣っている。
「それは、別に」
レインは言い訳をしようとしたが、舌が上手く回らない。
改めて考え直してみると、レインは最初から最後までずっと流されっぱなしだった。
黒竜の一件以来、学校はどうなったのだろうか。レインのいた男子寮は壊れたままで大丈夫だろうか。
オルグの葬儀はいつ頃執り行われるのだろうか。
ンゴロさんの調べているこの事件の捜査は進んでいるのだろうか。
歴史学のオリヴィエ先生はどうなったのだろうか。オリヴィエ先生が死んだと聞いたけれど本当だろうか。
イストアからのスパイの一件はどうなっているのだろうか。スパイはやはりオリヴィエ先生で、オルグは片棒を担がされただけの役目だったのだろうか。
そもそもどうしてレインのいるホテルが襲われたのだろうか。やはりリタ・ミラの種を狙ってのことだろうか。
どうして誰も本当のことを話してくれないんだろう?
レインは言いようの無いもどかしさを感じる。
僕はこれからどうすればいいのかわかないのに。どうして誰も自分のことばかりで、本当のことを教えてくれないんだろう。
父も母も何かレインに隠しているように、一方的にまくしたてている。
「リシェンちゃんの部屋はどこがいいかしら? 家はあまり広くないから、一時的にレインとコウに一緒の部屋を使ってもらって、リシェンちゃんはレインの部屋を使ってもらおうかしら?」
「そうだな」
母の言葉に、父が言葉少なにうなずく。
「え~、おれレインに兄ちゃんとまた一緒の部屋? せっかくレイン兄ちゃんがいなくなって、一人部屋で自由を満喫していたっていうのにさ。ひどいよ~」
コウは唇を尖らせている。
「まさか留学生のリシェンちゃんに、物置で生活してもらう訳にはいかないでしょう? 年末年始の間だけだろうから我慢しなさい」
母のアンジェがたしなめる。
レインは黙って家族のやり取りを見守っている。
どうして?
レインの心の中の疑問は大きくなるばかりだ。
――どうしたの、れいん? どこかいたいの?
リタ・ミラの種が呼びかけてくる声も、レインの耳にはよく聞こえない。
「タダイマ戻りマシタ」
リシェンが売店で飲み物を買って病室に戻って来たことにさえ気づかない。
レインの頭の中で不安な気持ちが膨れていく。
その凍りついた表情を見て、リシェンが怪訝な顔をする。
一度不安なことを考え出すと、まるで洪水のようにせきを切って心の中に流れ出す。
正常な思考を押し流していく。
だって、僕はただの学生なのに。
大したことも出来ないのに。
どうして僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
僕、何か悪いことをした?
僕はただ平凡な生活が送れればそれで満足なのに。
どうして世界を左右するなんて、そんな重要な役目を僕に押し付けるんだ。
僕は自分のことで精一杯なのに。
自分のことさえままならないのに。
世界どころか、一人だって助けることが出来ないのに。
友達だって、オルグだって助けることが出来なかったのに。
どうしてそんな無茶なことを僕に押し付けるんだ?
僕だって好きでこんなことをしている訳ではないのに。