七章十話目
お前がそれを言うか、とレインはよっぽどコウに文句を言ってやりたかった。
――りしぇん、だいじょうぶ?
――うん……。
しかしリタ・ミラの種にまで心配されては何もしないではいられない。
「僕、少しリシェンの様子を見てくる」
レインはベッドから起き上がり、点滴がかかった金属の棒を支えを頼りに立ち上がる。
ずきりと脇腹の傷が痛み、レインはわずかに顔をしかめる。
「大丈夫なの、レイン。まだ傷が治っていないんでしょう?」
「寝てないと駄目だぞ」
母のアンジェと父の源太が口々に言ってくる。
レインは顔を上げる。
「僕は大丈夫。このままリシェンを独りにしておけないから。きっとリシェンだって、遠い見知らぬ場所で一人きりで、心細い思いをしているに決まってる。だから誰か知っている人がそばにいてあげなきゃ」
レインは二人に笑いかける。
弟のコウが椅子に腰かけたまま口笛を吹く。
「やるじゃん、兄ちゃん。男だなあ」
コウはレインを見てにやにやと笑っている。
「こらっ、コウ。またあんたはそうやって茶化して」
アンジェがたしなめる。
「そうだぞ、コウ。兄ちゃんをからかうのもいい加減にしろ」
父と母から交互に言われ、コウは気のない返事をする。
「わかったよ。しばらく静かにしてますって。でも、兄ちゃんの怪我でリシェン姉ちゃんを追いかけるのはやめた方がいいと思うな。だって兄ちゃん、撃たれたんだろう? 結構な重症だと聞いてるけど。まだ寝てた方がいいと思うけど」
コウの言葉を聞いて、レインは青い目をまたたかせる。
「僕が、重症?」
コウは話し続ける。
「その証拠に、その新聞を見てみるといいよ。今はその事件で持ちきりだから」
ベッドの横に置いてある鞄の中から新聞を取り出す。
今日の朝刊らしき新聞の一面に見たことのある人物の顔が写っている。
レインは驚いて、もう少しで声を上げるところだった。
新聞の写真にはレインが寝入る前に病室を訪れた青年と姉の姿が、取材をしているらしき人々と一緒に映っている。
――お、お姉さんに、アレクセイさん?
レインは写真に写っている姉と青年の顔を食い入るように見つめる。
今回の事件のあらましと共に、取材記事が載っている。
二人は寄り添うようにしていたが、先程とは違う服装だった。
いつ撮られたものなのか、辺りはまだ暗く、多くの人々が集まっている。
写真の奥に、闇に浮かび上がる背の高いホテルが見える。
そこは昨夜、レインたちが泊まったホテルではないだろうか。
青年と姉は落ち着いた様子で取材陣に向き合っている。
レインは新聞の紙面に目を落とす。
『今回の事件は、ユスポフ財閥副総帥アレクセイ・ユスポフとその婚約者オリガ・ユスポヴァを狙ったものと思われる。二人は旅行中にラスティエ教国の首都セラフに立ち寄り、ホテルに宿泊したその夜に、何者かに襲撃されている。幸いにして両名に怪我はなかったが、たまたまホテルに宿泊していた民間人が巻き込まれ、犯人グループに銃で撃たれ、重傷を負った。撃たれた民間人はすぐに病院に搬送され、現在治療中である』
レインは事件の記事をざっと読み、顔を上げる。
問い掛けるように両親に目を向ける。
「この撃たれた民間人、って僕のことだよね?」
レインは新聞を持ったまま、病室に視線を彷徨わせる。
「そうだ」
父の源太が重々しくうなずく。両親ともに深刻な表情をしている。
レインは再び新聞に目を落とす。
「そうなんだ。僕が眠っている間に、こんなことになってたんだ」
まだ新聞の記事が信じられない気持ちだった。
大事になっていることは知っていたが、まさか新聞の一面に出てしまうとは思ってもいなかった。
椅子に座っているコウが足を揺らしながら尋ねる。
「ねえ、兄ちゃん。どうして兄ちゃんはセラフのホテルなんかに泊まってたの? まだ学校があるんじゃなかったの?」
コウの素朴な疑問に、アンジェがすぐに手でコウの口をふさぐ。
「レイン。あなたは北方群島にある病院に移してもらえるようにお医者様に相談して来たから。明日にはここを移るつもりよ」
母のアンジェは声を小さくして、深刻な顔で話す。
「明日?」
レインの代わりに、コウが口を覆ったアンジェの手をはがし尋ねる。
「えぇ、レインの容体も安定しているようだし。いつここに今回の事件のことで記者が押しかけて来るかわからないもの」
アンジェは父の源太を振り返る。源太も同意するようにうなずく。
「お前は早くここを離れた方がいい」