七章六話目
レインは恐縮しながら答える。
人知れず安堵の息を吐き出す。
――よかった、こういうところはいつものお姉さんだ。
青年と姉は穏やかに笑っている。
レインを見るそれぞれの眼差しは、二人とも以前と共通しているように思える。
「オリガ、そろそろ」
青年が姉に声をかける。
姉は青年を振り返り、微笑む。
「はい、アレクセイさま」
穏やかな声で応じる。
「ではレインさん、わたくしたちはこれで失礼いたします。どうか今は何もご心配なさらず、ご自分の怪我を治すことに専念して下さいね」
「あ、はい、ありがとうございます」
レインは頭を下げる。
「じゃあ行こうか、オリガ」
「はい、アレクセイさま」
二人は再び腕を組んで病室を出て行く。
レインはそんな二人の後姿を見送る。
「アリガトウ、ゴザイマス」
リシェンが二人を見送りに病室の外に出る。
婚約者だとする二人は、美男美女の組み合わせで、とてもお似合いのように見える。
それに二人ともただでさえ人目を引くところがあるため、街中を歩いているだけできっと注目の的になるのだろう。
今は演技をしているせいなのか、以前とは違った印象に見える。
二人が去ると、黒服の男たちや病院関係者の人たちもいなくなり、急に病室が静かになったような気がした。
レインは我知らず、ほっと息を吐き出す。
緊張の気持ちが緩む。
「ふん、イストアの死の商人どもめ。戦争の仕掛け人め。昨夜の襲撃事件で死んでしまえば良かったものを」
静まり返った病室に、低い男の声が響く。
レインは驚いて病室を振り返ったが、四人部屋の他の三人のベッドには白いカーテンが引かれ、その声がどこから漏れたものかはわからなかった。
病室は静まり返っている。
「レイン?」
二人を見送りに出たリシェンが、レインのそばに戻って来る。
レインは緊張した面持ちで他の三つのベッドを見つめている。
「ドウカシタの?」
リシェンは不思議そうに尋ねてくる。
レインはゆっくりとリシェンを振り返る。
「いいや、何でもないよ、リシェン」
レインはリシェンに困ったような笑みを向ける。
「ソウ?」
リシェンは小首を傾げながら、ベッドのそばの椅子に座る。
レインは先程の言葉が棘のように心の刺さったままだ。
『死んでしまえば良かったものを』
さっきの言葉が頭から離れない。
――お姉さんはあんなに良い人なのに。二人とも、そんなに悪い人ではないと思うのに。
それとも、レインがものを知らないだけで、二人が影で悪いことをしているのだろうか。
さっきの男が言ったように、影では戦争に関係しているのだろうか。
――どうして、そんなことを言うんだろう。
レインは泣きたいような気持になる。
自分の点滴の針の刺さった腕を見下ろし、うつむいている。
椅子に座っていたリシェンが表情を曇らせる。
「レイン、少し寝タラ? 昨夜のせいで、キットまだ疲れてるデショウ? わたしココニイルカラ、見てるカラ」
レインは引きつった表情のままリシェンを見る。
精一杯笑おうとする。
「リシェンこそ、少し休んでよ。僕は大丈夫だから。リシェンこそ、昨夜からずっと寝ずにいたんだろう? それこそ倒れたら大変だよ」
リシェンはわずかに黙って、考え込んでいる。
「ウン、レインがそう言うなら、ソウスル」
素直にレインの言葉に従う。
リシェンはどこからか持ってきた毛布を床に敷く。その中にもぐりこむ。
「レイン、オヤスミ」
よほど疲れていたのだろう。それほど経たないうちに、リシェンの寝息が聞こえてくる。
レインもベッドに横になる。
姉と青年のことに思いを巡らす。
――二人とも、昨夜から少しは休めたのかな? あまり無理をしていないといいけれど。
さっきの男の言葉はレインの心に刺さったままでいたが、今は眠気と疲れの方が強かった。
ベッドで目を閉じると、すぐに睡魔が襲ってきた。眠りの世界へ落ち込んで行った。