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七章五話目

「君がレイン・アマナギ君かい?」

 青年はまるでたった今初めて会ったかのように、レインに接する。

「は、はい」

 レインが戸惑いながら返事をすると、隣で腕を組んでいる盲目の姉の方を見下ろす。

 二人は昨夜会ったのとはまるで別人のように見える。

 その堂々とした態度に、レインの方が緊張してしまう。

「彼が、レイン・アマナギ君だそうだよ、オリガ」

 青年が姉に話しかける。

 ――オリガ? え? お姉さんの名前は確かサラ、だったような。

 レインは姉の名前に疑問を覚えたが、何も言わなかった。

 姉は青年から腕を放し、杖を持ってレインの方にたどたどしく歩いて来る。

 レインの前で立ち止まる。

「あなたがレイン・アマナギさんですか。この度はわたくしどものいざこざに巻き込んでしまい、大怪我までさせてしまい、申し訳ありませんでした。あなたにはいくら謝罪したところで、きっと許してはもらえないでしょう」

 姉はベッドで寝ているレインに深々と頭を下げる。

「い、いえ、そ、そんな」

 レインは慌てて上半身を起こす。その拍子に、昨夜撃たれた脇腹が痛む。

「――痛」

 小さく呻き、レインが脇腹を押さえていると、それを察したリシェンが顔色を変える。

「レイン、ダイジョウブ?」

 椅子に腰かけたまま、レインの方に身を乗り出してくる。

 目の前に立つ姉も顔色を変える。

「大丈夫ですか、レイン・アマナギさん。傷が痛むのですか?」

 姉はおろおろとして青年を振り返る。

「アレクセイさま、彼の怪我は思った以上に重傷なのでは」

 不安そうな姉の問いかけに、青年は一緒に着いてきた病院関係者たちを振り返る。

 青年の深緑色の瞳が深みを増す。

「彼の傷は本当に大丈夫なのかい? オリガが心配しているじゃないか。我々が巻き込んでしまった以上、彼のことは我々がすべて責任を負い、入院費や治療費も金を惜しまないと言ったはずだけれど。そこのところはどうなっているんだい?」

 青年の非難めいた口調に、病院関係者たちは恐縮する。

「そ、それにつきましては」

 老年の白衣の男が答え、中年の眼鏡の男に視線を向ける。

 眼鏡の白衣の男は取り乱した様子で説明する。

「彼の脇腹の怪我は、銃弾が貫通して、幸い大事には至りませんでした。多量の出血はしたものの、命に別状はありません。一週間もすれば傷を縫った糸も取れて、退院できるはずでして……」

 青年に睨まれて、眼鏡の男は言いにくそうに言う。

「本当かい? 彼にもしものことがあったら、君たちの病院の評判が著しく下がることになるよ」

 まだ疑うような様子に、レインの方が慌てて首を横に振る。

「い、いいえ、僕は大丈夫ですから! ちょっと傷が痛みましたが、体は至って元気ですから! 僕、健康さが取り柄ですから!」

 自分のせいで何やら緊迫した雰囲気になってしまった。

 レインは首をぶんぶんと横に振り、腕を振り上げて元気さをアピールする。

 姉はまだ心配そうな表情をしている。

「本当に大丈夫ですか、レイン・アマナギさん。もしも何か不自由があったら、わたくしどもに何なりと仰って下さいね。あぁ、申し遅れました。わたくしは、オリガ・ユスポヴァと申します。どうぞお見知りおきを」

 姉は柔らかく微笑んで、白いスカートの裾をつまんで膝を折る。

 白い帽子と、長い黒髪がふわりと揺れる。

 姉の背後に立っていた青年が胸に手を当てる。

「おれはイラソ国のユスポフ財閥副総帥、アレクセイ・ユスポフ。おれは従兄弟で婚約者のオリガと秘密の旅行を楽しんでいたんだけれど、そこを賊に見つかってしまってね。襲撃されてしまったんだ。それでたまたま隣の部屋に泊まっていた君を巻き込んでしまい、怪我まで追う事態となってしまった、ということさ。悪かったね」

 感情のこもった姉の物言いとは対照的に、青年の言い方はいかにもあっさりとしていた。

 二人に会うのが初めてであれば、対照的な二人だと思ったことだろう。

「い、いえ、そんな」

 レインは戸惑いながらも答える。

「ぼ、僕の方こそ、色々と迷惑を掛けてしまったようで、すみません」

 青年はさきほど見せた病院関係者に対する不快感などまるで嘘のように、穏やかに笑っている。

「別に構わないさ。元々はおれたちが巻き込んでしまったことだ。オリガの言う通り、非はおれたちにある。君は何も悪くないよ」

 姉もレインの方に身を乗り出してくる。

「そうです、レインさんは何も悪くないです。それよりも今はゆっくり休んで、怪我を早く治して下さいね」

 姉の声にはレインのことを心の底から心配する響きがあった。

 それに励まされるように、レインも元気づけられる。

「は、はい、ありがとうございます」

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