一章十五話目
特に何かが起こるわけではないようだった。
先ほどの光によって周囲の木々がびりびりと震え、木の葉や細かい塵が舞い上がる。
中庭にまた元のような静寂が戻ってくる。
レインは恐る恐るまぶたを開ける。
――何の法術だろう?
目くらましの法術だろうか、とレインが考えた時だった。
杖を掲げた黒服の男がこちらを指差す。
「あそこだ。この鍵を壊した犯人はあの茂みにいる!」
今度は男の声がはっきりとわかった。
レインは心臓が跳ね上がる。
今の光は空間知覚の法術だったのだ。学校の授業ではまだ習っていないが、そういった法術があることはレインも知識として知っている。
――まずい。
レインは慌てて走り出す。
茂みを掻き分けた時に派手な音がしたが、かまってはいられない。
温室とは反対の方角、グラウンドの方角へと走っていく。
「この学校の生徒だ。追え!」
背後から男の声が聞こえる。
レインは後ろを振り返る暇があればこそ、がむしゃらに足を動かす。
生い茂った下草を掻き分け、木の根につまずかないよう注意しながら、木々の間を駆け抜ける。
小石だらけの、舗装されていない道を走るのは相手も同じはずだ。
レインはまだうっすらと朝靄の垂れ込める中庭を、息を切らして走り続ける。
グラウンドに出れば部活動に励む生徒達がいるはずだ。
レインの胸の内に微かな望みが生まれる。
――あと少し、あと少し。
朝靄の先にグラウンドへ出る曲がり角を見つけ、レインはほっと胸をなでおろした。
――これで、誰かに助けを求めれば。
グラウンドへ出れば部活動に励む生徒達がいるだろうし、顧問の先生も一緒にいるはずだ。
安堵した瞬間、背後で耳をつんざくような轟音が鳴り響く。
――え?
ぐらりと視界がぶれて、レインは地面に倒れこむ。まるで後頭部を思い切り殴られたようだった。
しかし無論そういった訳ではない。