一章十四話目
――いや、でも。大司祭ともなれば、結構地位は高いか。
普通は村にある教会一つを任されるのが、助祭か司祭なので、大司祭ともあれば名のある大聖堂を任されているはずである。
街一つ、地区一つ任される司教や大司教に比べて地位は低いが、大司祭ともなれば十分出世した方だろう。
世の中には家柄や、実力で一足飛びに司教の座に登りつめる者もいる。
最近司教に就任した史上最年少の少年は、ラスティエ教国でも有名な名家の出で、レインと同じ若干十六歳という話だ。
しかしそんな人物は世の中のごく一部だ。
現に神学校に通うレインを始め、多くの生徒は助祭の資格さえ持っていない。
助祭になるには、あらゆる学問に通じ、法術の腕もかなりのものでなければならない。
試験を受け、それに合格しなければ、助祭になることはできないのだ。
大司祭や司教ともなれば、試験はもっと難関だろう。
何十回と試験を受けて、それでも合格することが出来ず、結局は諦めてしまう者も数多くいるという。
今年司教になった少年は、どれほどの試験を潜り抜けてきたエリートだろうか。
この学校に受かるだけでも精一杯だったレインにとって、想像も付かないことだった。
ただでさえラスティエ教国内で神の奇跡、法術を扱える人間は、全人口の三割程度しかいない。
逆を言えば、七割の人間が法術を扱えず、不自由な生活を送っている。
それはつまり僅か三割の人間が法術を使い、裕福な生活を送っているとも言える。
レインを始め、この国立の神学校に通っている生徒はすべて、その三割の中に入る。
ジョゼ神学校は、法術を使えない『不適格者』の入学を認めていない。
入学のときに法術の試験を受けて、それに合格しなければ入学できない決まりだ。
新しい学校ということで、他の古い学校ほど校則は厳しくないが、法術を扱える神の使いを第一と考えるラスティエ教国の神学校である以上は、『不適格者』に対して不寛容な部分も多かった。
レインの住んでいた北方群島は、枢機卿の治める十三州以外の地域であり、辺境伯達の治める辺境四地域の一つであったこともあり、法術を扱えるものと、扱えないものとの区別がそれほど大きくはない。
幼い頃、レインは鈴牙人である上に、法術が扱えなかったため、同じ年頃の子ども達から馬鹿にされていたが、それも他の地域に比べればずっとましな方だったのだ。
レインの親友のオルグやリャンは違うが、他の神学校の生徒達など、法術を使えない街の人間に対して、あきらかな差別を持って接しているようだった。
いつも寮の部屋を掃除してくれるサーリャおばさんや、事務のエンジおじさん達には、レインはとても感謝しているし、他のみんなもそう思っているのだとずっと思ってきた。
レインも法術が扱えない『不適格者』と教会に判断されていたら、庭師見習いとして修行を積むために各地で働こうと、少し前まで考えていた。
しかしレインはこの神学校に入学してから、考えを改めざるをえなかった。
『おい、レイン』
不意に彼女の声が頭に響き、レインは現実に引き戻される。
――な、何?
レインが顔を上げると、黒いローブを被った男達が温室の前にたたずんでいた。
男達は温室の壊れた鍵を見ると、口々に何事かつぶやいた。
動揺していることはあきらかだった。
言葉は聞き取れなかったが、男達のぴりぴりした空気はこちらにまで伝わってくる。
『奴ら、私が法術を使えることを恐れているようだな』
彼女の自慢げな声がレインの頭に響く。
――まあ、リタ・ミラ様ほどの法術の使い手だったら、誰も普通喧嘩を売ろうとは思わないだろうけれど。
レインは溜息をつく。
どうしてあの黒服の男達はわざわざこんな田舎の神学校などに、リタ・ミラ様とその息子を連れてきたのだろうか。
他の都市、例えば東の学術都市トウケイの研究所などに、彼女とその息子を監禁すればいいだろうに、どうしてこんな神学校のしかも温室などに放り込んでおくのだろうか。
まあ確かに、ジョゼ新学校は温室と植物の研究では、国内では有名な教授もいるが。
レインにはその理由がわからなかった。
すると再びレインの頭に、彼女の声が響く。
『いつまでつまらないことをぐだぐだと考えているんだ。そんな理由、この学校に手引きをした人間がいるからに決まっているだろう』
――ええっ?
レインは危うく茂みの中で声を上げそうになった。
口を手で押さえ、かろうじて悲鳴を飲み込む。
――あ、あの、リタ・ミラ様。その話、もう少し詳しく教えてもらえませんか?
レインが尋ねたとき、温室の入口の扉の前に立っていた黒服の男の一人が動く。
何事かつぶやき、白銀の杖を頭上高く掲げる。
その瞬間、白銀の杖の先端から光がほとばしり、中庭の空気を震わせる。
茂みに隠れていたレインはその眩しさに目がくらみ、両手で顔を覆う。