六章二十一話目
「同じクラスノ男のコ?」
リシェンの問いに、姉ははにかみながらうなずく。
姉と同じクラス、と言うことは、同じ学年だろう。
好きな相手がレインではないことに、リシェンはとりあえず安堵する。
(べ、別にサラさんがレインを好きダッタカラッテ、何も心配スルヒツヨウはナイノデス。ワタシはワタシデアッテ、レインが誰を好きにナッテモ関係ナク、護衛スルダケデスカラ)
リシェンは自分に対して言い訳する。
そんなリシェンの心中を察したのか、姉は首を傾げる。
「わたしがレインさんを好きでないことに、安心しましたか?」
少し意地悪な問いかけをしてくる。
リシェンは赤い顔で答える。
「べ、別に、ソンナコトハナイデス。サラさんがレインを好きにナッテモ、ワタシハ別に」
最後になるに従って、声が小さくなる。
うつむきながら上目遣いに姉の顔色をうかがう。
姉には、自分が持っていない落ち着いた雰囲気や、華やかで上品な空気があり、リシェンはそれがうらやましかった。
もしも姉がレインのことを好きだと言ったならば、とても敵わない、とさえ思っていた。
姉は困ったように笑う。
「安心して下さい。わたしが好きな人は、レインさんとは別の方ですよ。でも、わたしはリシェンさんがうらやましい。わたしもリシェンさんのように、真っ直ぐに誰かを好きになって、相手に気持ちを伝えられれば良かったのですけれど」
姉は寂しげな表情を浮かべ、声を落とす。黒く長い髪が顔に影を落とす。
「ドウシテ?」
リシェンはつい尋ねてしまう。
どうして好きな人に好きと伝えることが出来ないのだろう。
「ドウシテソノ人に好きト伝えナイノ?」
相手が自分のことを好きでないなら仕方がない。別に好きな相手がいるのなら諦めるしかない。リシェンにもそれくらいわかってはいるつもりだ。
けれど姉は好きと伝える前から、相手のことを諦めようとしている。
どうして姉がそう考えるのか、リシェンにはわからなかった。
姉は寂しげに笑っている。
「もしわたしが家を捨てて、その人と生きていくと決意すれば、その人がわたしを好きだと言ってくれれば、あるいはその人と一緒になることが出来るかもしれません。彼とわたしは幸せになれるかもしれません」
「ダッタラ!」
リシェンの言葉に、姉は首を横に振る。
「わたしが何一つ知らない昔のままだったら、それでも良かったかもしれません。でも、わたしは自分の責任について知ってしまいました。自分の立場もやるべきことも、今は自覚しているつもりです。現にわたしが国に戻らないと、兄さまはきっと困るでしょう。国の財閥を背負うには兄さま一人では重過ぎます。協力者は少しでも多い方が良いと思うのです。わたしの個人的な気持ちで、恩のある人達や兄さまに迷惑は掛けられません」
姉は諭すようにリシェンに話す。
リシェンはむっつりと黙り込んでいる。
「ソレジャ、サラさんは好きデモナイ人と結婚スルノ? ソレデ良いト思ってルノ?」
リシェンならば、誰とも知れない赤の他人と結婚するなど、考えただけでぞっとする。
断固として反対するだろう。
すると姉は少し驚いた顔をする。
「それは、嫌ですけど」
困ったように首を傾げ、口ごもる。
「ソウデショ? ダッタラサラさんもモット自分を大切にスルベキダヨ!」
リシェンは姉の方に鼻息荒く身を乗り出す。
姉はリシェンの気迫に気圧されてしまう。
「でも、そうならないように、今兄さまたちが動いてくれているのであって。わたし自身も自分で結婚する相手を選びたいと思っているのですよ? わたしだって顔も知らない、好きでもない相手と結婚するのは嫌だと思っています」
姉はそこまで言って、急に何かに気付いたように辺りを見回す。
それきり黙り込んでしまう。
「サラさん?」
どうしたのだろう、とリシェンがいぶかしんでいると、姉が落ち着かない様子でぽつりと口を開く。
「も、もう寝ましょう、リシェンさん。明日もきっと早いですし」
姉はリシェンに背を向ける。座っていたベッドの掛布団を持ち上げる。
リシェンは姉が怯えている理由を率直に聞いてみる。
「サラさん、ドウカシタノデスカ?」
姉は布団を手繰り寄せ、ぶるぶると震えている。
「り、リシェンさん、怪しい足音は聞こえませんよね? 兄さまは外に来てませんよね?」
それを聞いて、リシェンは扉の鍵を確認する。念のためチェーンロックもしておく。
明かりを枕元に置いて、部屋の中で投げつけられそうな物を集めておく。
「大丈夫。サラさんは、ワタシガ守るヨ。アノ変な人にナンテ、負けナイヨ!」
「あ、ありがとうございます、リシェンさん」
リシェンは万一青年が侵入して来た時に撃退できるよう、出来る限りの備えをして寝床に入った。