六章二十話目
「レインさんが心配なのですか?」
リシェンは姉に尋ねられ、驚いてそちらを振り返る。
隣のベッドに姉が腰かけ、こちらを見ている。
「べ、ベツニ、心配なワケジャ」
リシェンはベッドに腰掛け、足をぶらぶらさせている。
部屋に来てからずっとベッドの上から動かず、レインのことを心配していたので姉の言う通りだった。
あの時は姉を守ると言ってしまったが、今になって思えば別の選択肢もあったのではないかとリシェンは考えていた。
どうせなら四人が相部屋ならレインと一緒なので守りやすいとか、姉と弟は兄弟なので男女一緒でも問題がないとか、それならばレインとリシェンだって同じ部屋でもいいのではないか、などなど。
リシェンの頭の中を他の選択肢がぐるぐると回っている。
姉はそんなリシェンの迷いを読み取ったのか、くすりと口に手を当てて笑う。
「レインさん、良い人ですからね。リシェンさんが心配するのももっともです」
「べ、ベツニ、レインのことを考えテルワケジャ」
リシェンは姉の笑顔を見て、これ以上言っても無駄だと諦める。
「レインさんなら、きっと大丈夫ですよ。シェスも着いていますし、ああ見えて律儀なところがあります。レインさんを見捨てる真似はしないはずです」
リシェンは唇を尖らせて黙り込む。
「わたしはリシェンさんとレインさんの仲を応援していますよ」
悪意のない笑顔を向けられてしまう。
「あ、アリガトウ」
気恥ずかしくなって、リシェンは話題を変えようとする。
「そ、ソウイウ、サラさんはドウナノ? あの軽いヒト、婚約者とかイッテルあのヒトノコト、どう思ってるノ?」
リシェンに話題を振られて、姉は驚いたような顔をする。
「兄さま、ですか?」
何とか話題を変えようと、リシェンは姉の方に身を乗り出す。
「そ、ソウダヨ。あのヒト、サラさんに妙に馴れ馴れしいジャナイ。さ、さっきナンテ、キスしてタジャナイ。サラさんはあのヒトのこと、どう思ってるノ?」
今度は姉が黙り込んでしまう。
「わたしは」
姉は深刻な表情でうつむいている。
これは触れて良い話題ではなかったのではないか、とリシェンは思ったが、今更後には引けなかった。好奇心も勝って、さらに突っ込んで姉に尋ねる。
「嫌いナラ、嫌いデ、イイケド。ソウイウ様子でもナカッタカラ」
姉はふうっと息を吐き出す。
「わたしは、兄さまに対して、そういう風に接しているように見えましたか」
姉は顔に掛かった黒い髪を耳にかけ、リシェンに笑いかける。
「わたしの家や将来のことを考えると、きっと兄さまと結婚するのが一番いい方法なのでしょうね。そうすればすべては丸く収まるのでしょう」
「ケッコン!」
リシェンが思っても見ない言葉だった。
好きか嫌いかくらいで考えていたリシェンは、そこまで突っ込んだ答えが返ってくるとは思わなかった。
リシェンの顔がみるみる赤くなる。
結婚、という言葉が頭の中で回っている。
姉は話し続ける。
「でも、わたしは迷っています。兄さまは優しい人ですし、きっと兄さまと一緒になるのがわたしにとって一番いい選択なのでしょうけれど、もっと別の方法があるのではないかと希望を抱いてしまいます」
姉は寂しげに笑う。
「わたしは、小さい頃に出会った彼のことが、ずっと忘れられないんです」
「エッ?」
リシェンは驚いて姉の顔を見る。
目を白黒させる。
「さ、サラさんは、他に好きなヒトがイルトイウコト?」
リシェンはたどたどしく尋ねる。
「はい」
姉は恥ずかしそうにうなずく。
口元に人差し指を当てる。
「これは、皆さんには、特に兄さまには秘密にして下さいね?」
リシェンは赤い顔でこくこくと大きくうなずく。
「や、約束スルヨ。絶対に他のヒト、イワナイ」
予想もしない重大なことを聞いてしまったという好奇心が膨らむ。
「そ、ソレデ、相手は誰ナノ?」
まさか弟、ではないだろう。
姉弟や兄妹の禁じられた恋、という物語は、リシェンの故郷にも語り継がれている。
しかしそういった物語の結末は、多くが悲恋だった。
「この学校の生徒です。わたしと同じクラスの男の子です。まさかまた彼に会えるなんて思わなかったのです」