六章十四話目
その横顔を眺めながら、やはり、とレインは心の中でつぶやく。
レインは暗い長い廊下がどこまでも続いているかのような錯覚を覚える。
「それがどうかしたのか?」
イヴン先生が不思議そうに聞いてくる。
「いえ、少し気になってしまって」
レインは何とか自分の考えをまとめようと頭を動かしたが、駄目だった。
これまでのことで体も心もくたくたに疲れ果ててしまったらしい。
「すみません。詳しい話はまた明日でも良いですか? 明日になったら、もう少し気持ちの整理が出来るのと思うのですが。事情の説明も明日でいいですか?」
「あぁ」
イヴン先生は小さくうなずいて、レインと共に長い廊下を歩いていく。
その後、皆が泊まっているホテルに着くまで二人は一言も発さなかった。
*
「レイン!」
ホテルに着くなり、泣きそうな顔のリシェンが駆けてくる。
リシェンはレインの首に飛びつき、そのまま抱き着く。
「り、リシェン。ええと、色々と心配かけて、ごめん」
レインは困ったように言う。
どう反応すればいいのかわからないでいる。
リシェンは抱き着いたままぶんぶんと首を横に振る。
「ワタシ、レインを守れナカッタ。ゴメン言うの、コチラの方」
リシェンの後ろから姉弟やシェーラ先生がこちらに歩いてくる。
「レイン君、お疲れ様。兄さんもまだ仕事があるのに、レイン君を連れて来てくれてありがとう」
シェーラ先生がレインの隣に立つイヴン先生を見てねぎらいの言葉を掛ける。
「レインさん、リシェンさんはずっとレインさんのことを心配していたのですよ? レインさんが手錠を掛けられて連れて行かれてから、わたしのせいだ、と言って落ち込んでいたのですから」
杖をつく姉がこっそりとレインに教えてくれる。
「そっか。リシェン、ごめん。心配かけたね」
リシェンはまだレインの首に抱き着いている。
姉のそばにいる弟が呆れたように言う。
「こんな玄関にいつまでもいるより、そろそろ部屋に行った方がいいんじゃないか? こいつも疲れているだろうし、明日のこともあるし、今日は早く寝た方が良いと思うけど」
腰に手を当てて溜息を吐く。
そう言い終わるか、言い終わらないかのうちに、ホテルの玄関の扉を開けて駆け込んでくる人物がいる。
「サラ、会いたかったよ!」
レインたちを病院まで送ってくれた青年が駆け込んでくる。
玄関のそばに立っていた姉に抱き着く。
今度は姉の方が困った顔をする。
「に、兄さま。そ、その節はお世話になりました。こ、今度は何の御用でしょうか?」
さっきのレインと同じように、反応に困っている。
弟が思い切り嫌そうな顔をする。
リシェンはちらりと青年を振り返り、どさくさでまたレインに抱き着く。
こんな機会は滅多にないと考え直したようだった。
シェーラ先生はあらあら、と頬に手を当て、イヴン先生は呆れたように溜息を吐く。
「さっさと離れろ」
弟の殺気のこもった一声で、青年は姉から離れる。
関係ないリシェンまで反射的にレインから離れた。
抱き着かれていた二人はそれぞれ安堵の息を吐き出す。
弟が不機嫌な口調で青年に尋ねる。
「それでお前までここに何の用だ?」
青年は肩をすくめる。
「何って、おれも事件の参考人の一人として、明日事情を聞かれることになったんだ。君たちがこのホテルに泊まると言うから、一緒に泊まろうと思ってね」
青年は目の見えない姉に手を伸ばす。
すかさず弟がその手を払い落とす。
「まさか姉さんと同じ部屋に泊まりたいとか、変なこと言う訳じゃないだろうな?」
「サラとは元々婚約者同士だったんだし、同じ部屋に泊まってもまったく変なことじゃないと思うけど?」
険しい表情の弟に、青年は笑顔で応じる。
「オナジ部屋」
リシェンがその言葉に反応し、驚いたようにつぶやく。
ちらりと隣にいるレインを見る。
「そ、ソンナコト、不潔デス!」
リシェンは顔を真っ赤にして、慌てて首を横に振る。
いくらレインに好意を抱いているリシェンでも、そこまで積極的にはなれなかった。
「リシェン、どうしたの?」
レインはリシェンの動揺がさっぱりわからないでいる。