六章十二話目
オルグの面影が目の前をかすめ、悲しみが頭から離れなくなる。
レインはぎゅっと目を閉じて、オルグの面影を目の前から振り払おうとする。
自分が犯人ではないという安堵感から、 この一件で張り詰めていたレインの緊張の糸がふっつりと切れたのだ。
涙がとめどなく流れ落ちる。
「ぼ、僕、オルグを助けてあげると、約束したのに」
レインはぶんぶんと頭を振る。
「オルグは、あんなに殺されることを恐れていたのに。僕はオルグを助けることが出来なかった」
そばで聞いていたイヴン先生がレインに憐みの目を向ける。
「レイン、そんなに自分を責めるな。あれは誰のせいでもなかったのだ」
それはレインにもわかっていたが、オルグを助ける何らかの方法があったのではないかとつい勘ぐってしまう。
レインはしゃくり上げながら尋ねる。
「イヴン先生、どうしてオルグは死んだんですか? オルグは本当に死ぬ必要があったのですか?」
「それは」
イヴン先生は言葉に詰まる。難しい顔をする。
そのやり取りを聞いていたンゴロがすかさず口を挟む。
「理由を教えてやれよ、イヴン。犯人から外れたからと言って、どうせこの一件の参考人に変わりはないんだ。この事件のことを正直に話してもらうには、こちらの譲歩も必要だろう?」
イヴン先生はちらりとレインを見る。
「いいのか?」
ンゴロは伸びをする。
「ただし、こちらの話せる範囲でだがな」
「わかっている」
ンゴロはにやりと笑って、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
「さて、と。そいつの取り調べはイヴンに任せるとして、俺はシェンタを迎えに行ってくるか。あいつは放っておいたら、事件現場でずっと調査してそうだからな」
ンゴロは部屋の扉に向かう。
「イヴン、後は頼んだぞ」
そう言い置いて部屋から出て行く。
「では、私も」
デザートを食べ終わった弁護士が椅子から立ち上がる。
「ある方から『レインが殺人事件に巻き込まれて、逮捕されそうだから助けて~!』と泣きつかれてここに来ましたが、重要参考人でないならば私の出番はないようですね」
「ある方?」
レインは鼻をすすり、涙が滲む目で弁護士を見る。
弁護士は首を傾げる。
「そうです。あれはあなたの親族の方ですか? その人は涙ながらに『この老い先短いこのじじいならともかく、将来ある若いレインに、もし何かあったらと思うと心配で夜も眠れないんだ。金はいくらでも支払うから、レインの無実を証明してくれ!』と訴えられまして。私は事件の話を聞いてみないことには何とも言えない、と言ったのですが。その方は聞き入れてくれなくて、半ば強引にここに連れて来られたのです」
弁護士の話を聞いても、レインはそれが誰かわからない。
「父さん、かな? 母さんでもないだろうし。それにうちにはそんな弁護士さんに支払えるような大金なんて置いてないと思うけど」
レインは北方群島にある実家の様子を想像する。
家の雨漏りがひどくなってきたので、そろそろ屋根の改修工事をしたいと母親がぼやいていたことを思い出す。
こつこつと溜めたお金はあるだろうが、いくらでも支払う、とはそうそう言えない。
弁護士はぽんと手を叩く。
「でも、料理人の方を見てわかりました。依頼主は先ほどの料理人の方だったのですね。宮殿で働くなら、事件のことにもお詳しいでしょうし、あれだけの料理の腕があれば首都で店を出しても大繁盛でしょう。お金があるのも納得できます。もしまた何かありましたら、こちらまで連絡をどうぞ」
弁護士はそう言って名刺を渡す。部屋から出て行く。
名刺を受け取ったレインは、目を白黒させてその後姿を見送る。
「さっきの料理人が、依頼主?」
レインはサングラスとマスクをした怪しい料理人の姿を思い出す。
「ぷっ、くはははは」
さっきまで苦虫をかみつぶしたような、必死に笑いをこらえているような顔をしていたイヴン先生がぷっと吹き出す。声を立てて笑い出す。
「い、イヴン先生?」
「い、いや、すまん。実にあの方らしい、と思ってな」
レインは弁護士の名刺とイヴン先生を見比べる。
「イヴン先生は、さっきの料理人が誰か知っているのですか?」
「まあな」
イヴン先生はぽつりとつぶやく。
「だが、その名前を教えることはまだ出来ない。君のお母さん、アンジェ様がそう判断されたのなら尚更だ。詳しい話は君のご両親に聞きなさい」