六章九話目
「そうですね」
レインは躊躇いながら答える。
その時のことを思い出してみると、あのままミゲロとウルベールに暴行されて殺されていても不思議ではなかった。
少しでも力の加減を間違えれば、打ち所が悪ければ、レインは簡単に死んでいただろう。
新聞などで見る少年の暴行殺人事件などは、殺すつもりはなくても人が死んでしまう場合はよくある。
「僕は、運が良かったんですね」
「そうだ」
レインの言葉に、ンゴロがうなずく。
今更ながら、自分が運が良かったのだと、そんな気がしてくる。
レインはあの時のことを思い返してみる。
あの時、ミゲロとウルベールは弟を呼び出すために、姉を連れ去ろうとした。
たまたまレインが通りかかり、止めに入ったのだ。
――まあ、僕は何の役にも立てなかったけれど。
結果、ミゲロとウルベールにぼこぼこにされ、気が付いた時にはどこかの倉庫に姉と一緒に囚われていた。
あの時、弟とイヴン先生が助けに来てくれたが、もし見つけてくれなければレインも姉もどうなっていたのだろう。
急にそのことが気になってくる。
「あの、ンゴロさん」
「何だ?」
「もしも、もしもですよ? 僕とお姉さんの、あの、サラ・スミリャスカさんの居場所を、イヴン先生に発見されなければ、僕たちはどうなっていたのでしょうか?」
「どうなっていた、とは?」
ンゴロが鋭い目付きで聞いてくる。
「ええと、上手く説明できないと思いますが、ミゲロとウルベールは僕とお姉さんを捕まえて、弟君を、つまりスミルノフ君をおびき出すつもりだったと思うのですが。もしかしたらその先があって、僕たち三人を誰かに引き渡すつもりだったのかもしれないな、と思ったのです。僕があの程度で済んだのも、ミゲロとウルベールに突然目を付けられたのも、もしかしたらそのせいかもしれない、と思って」
レインはそこで言葉を切って、苦笑する。
「もっとも、これは僕の考えすぎかもしれませんが」
今レインが話したことは、すべてただの憶測だ。
何の根拠もない。
「そうだな」
ンゴロは短く答える。
相変わらず険しい表情のままだ。
「あの件は、もう一度詳しく調べ直してみる必要があるな」
ンゴロがそうつぶやいた時だった。
「その必要はない」
部屋の扉が開き、黒服の男が入ってくる。
ンゴロはすぐに振り返る。
「イヴンか。何の用だ?」
部屋に入ってきたのは黒い異端審問官の服を着たイヴン先生だった。
イヴン先生はンゴロにつかつかと近寄る。
「たった今、ジョゼ神学校に入り込んでいたイストアのスパイらしき男の死体が上がった」
小声で耳打ちする。
リタ・ミラの種を持つレインは、どんな小さな話声も聞き逃さない。
――し、死体?
慌てて両手で自分の口を押える。
危うく声を出してしまうところだった。
緊張のためか心臓の音が大きく聞こえる。
イヴン先生はちらりとレインの顔を見る。
「お前には隠し事をしても仕方がないな。いずれわかってしまうことだ。そのスパイとは、オリヴィオ先生だ」
レインは息を飲んだ。
頭が真っ白になる。
「オ、オリヴィオ先生が、イストアのスパイ?」
激しく動揺するレインに、イヴン先生もンゴロもまったく動じていない。
ンゴロはイヴン先生を振り返る。
「ちょうど良かった。お前に聞きたいことがある」
「何だ?」
「この少年をいじめていた男子生徒二人のことだが。あの時の調書を見せてもらえないか?」
気安いやり取りは、ンゴロとイヴン先生が同僚だからだろうか。
イヴン先生はあごに手を当てて考える素振りをする。
「何か気になることがあったのか?」
「あぁ、些細なことかもしれないが、一応ははっきりさせておきたくてな。その男子生徒二人と、関わった少年グループの証言に目を通しておきたくてな」
イヴン先生は椅子に座るレインの方を見る。
その手元のにかかる手錠を見つける。