六章七話目
「いや、いい。あまり気にしないでくれ」
書記官の言葉にひっかかりを覚えたものの、レインは食べるのに必死だった。
ンゴロが一息つくのを待って、書類を手渡す。
「こちらが取り調べの会話を書いた調書です。事件の全容を大まかにまとめました」
ンゴロはそれを受け取り、ざっと目を通す。
「御苦労だったな。大筋はイヴンの言った通りか。だが、事件の前の調査が不十分だ。誰が関わっているか徹底的に洗い出さないと、まだ事件の全貌は見えてこない」
向かいに座るレインは青い目を見開く。
――すごい。本当の刑事ドラマみたいだ。
感動してンゴロを見つめる。
本当は自分自身が事件の加害者なのだが、当のレインはいまいち実感が沸かないので仕方がない。
――やっぱり、僕が殺人犯なのかな。このまま犯罪者として刑務所に放り込まれちゃうのかな。
レインの脳裏にこれから起こるであろう暗い未来がよぎる。
本当は食後のお茶が欲しかったが、こんな場所でお茶を頼むのも失礼なような気がした。
そんな時、扉が突然開かれる。
「食後のデザートはいかがですか? 杏仁豆腐にマンゴープリン、タピオカジュースもありますよ? お茶は温かいジャスミン茶と烏龍茶、どちらがいいですか?」
さっきの怪しい男が銀板にデザートを持って入ってくる。
ンゴロのこめかみにまた青筋が立つ。
「さっき、扉の前に置いておけと言ったじゃないですか。どうしてあなたはまた性懲りもなく」
ンゴロは机の上に調書を置いて、席を立つ。
扉の前に立つ怪しい男に大股に歩み寄る。
「大体、あなたの本来の仕事はこんなことじゃないはずです! この件は私たち異端審問官に任せてもらいたい!」
ンゴロは不機嫌に怒鳴り散らす。
手錠をかけられたレインは、机の上に置かれた調書を覗き込む。
事件の全容について書かれた文書を盗み見る。
「出てけ!」
ンゴロが銀板のデザートだけ受け取り、男を部屋から追い出す。
「ひどいよ、ンゴロ。今度面倒臭い雑用全部押し付けてやるから~」
男が悲痛な声を上げる。
「何ですか、あれ」
事情を知らない様子の弁護士が、書記官に尋ねる。
「まあセラフの宮殿の風物詩みたいなものです」
書記官は苦笑しながら答える。
「まったく」
ンゴロが怒った顔でこちらに戻ってくる。
レインは調書から顔を上げる。
「ん?」
調書を見たレインはンゴロに聞く。
「すみません、勝手に見せてもらいました。そこでいくつか聞きたいところがあるのですが」
ンゴロの表情がさらに険しくなる。
黙ってレインと調書とを見比べている。
レインの向かいの椅子にどっかりと腰を下ろす。
「何だ?」
不機嫌極まりない様子だったが、一応は聞いてくれる意志はあるようだ。
レインの顔を怒りの形相で見つめている。
「ええと、はい」
レインは戸惑いながら答える。
「僕は少し気になることがあって。ここのリシェンが竜に乗った日のことなんですが」
レインは頭の中でその日の記憶を手繰り寄せる。
「この日、リシェンの竜に乗った時に、イストアの兵器で攻撃された、とありますが。リシェンがどうして竜に乗ったのか、詳しいことは書いてありませんよね?」
ンゴロは不機嫌に応じる。
「これは事件の全容を簡単にまとめた調書だ。詳しいことはこれから書き加えるつもりだ。それにお前の証言もこれから聞く。お前はこの事件の容疑者だからな」
それには返す言葉もない。
お腹がいっぱいになったレインは落ち着いた声で答える。
「では、僕の意見も参考にしてくれる、と言うことですね? この時、リシェンは僕を一緒に竜に乗せてくれた。でも、リシェンに竜に乗るように勧めたのは、僕のクラスの担任であるワン先生に頼まれた委員長、ナンナさんであると思うんです。僕はリシェンから委員長が法術で竜が空を飛ぶのを手伝ってくれた、と聞いています」
ンゴロは眉をひそめる。先をうながす。
「それで?」
レインはあまり誰かを無暗に疑うのは心苦しかったが、オルグがあんなことになってしまった以上、すべてを話しておかないといけないような気がした。
「ナンナさんがこの事件に関与しているかどうかはわかりませんが、ナンナさんはどうしてリシェンが竜に乗ることを手助けしたのでしょうか?」