六章五話目
少女は少年の首をぎりぎりと締め上げながらつぶやく。
「レイ、わたしはあなたが将来のアヴィニヨン家を背負って立つお方だからと、そうお父様に頼まれているから、こんなにも厳しく接しているのですよ? あなたのことをどうでも良いと考えていたら、そもそもこんなに厳しくしませんよ? そこのところはわかっていただきたいのです」
少女は諭すようにつぶやく。
しかし当の少年は聞いていないようだった。
顔を赤くしてじたばたともがいている。
「ヴィ、ヴィオレッタ? く、首」
「お父様はあなたの遠慮のない物言いで、敵を多く作ってしまうのではないかと心配しておられるのです。だからどうかもう少し言葉を慎み、人々にしっかりと向き合っていただきたいと普段からわたしは考えています」
少女の言葉が終わる頃には、少年は動かなくなっていた。
「レイ、ちゃんと聞いていますか?」
少女が青くなった少年の顔を覗き込む。
返事がないのを確認して、少女はンゴロに向き直る。
「お騒がせいたしました。どうぞ職務に励んでください」
「あ、あぁ」
ンゴロは引きつった顔で応じる。
レインは手錠を掛けられたまま、無言で立ち尽くしている。
少女はレインの姿に気が付くと、小首を傾げる。
「ところであなたは鈴牙人ですか? わたしも鈴牙人なので、あなたに会えてうれしいです」
少女は柔らかく笑う。
「え? あ、はい」
「リタ・ミラに選ばれたからには大変でしょうけれど、どうか頑張ってくださいね」
少女は気を失った少年を連れて、懺悔室から出て行く。
部屋には二人だけが取り残される。
「とりあえず、そこに座れ」
ンゴロに言われて、レインは椅子に座る。
机を挟んで向かいにンゴロが座る。
「腹は減っていないか? 夕食はまだだろう? 取り調べをする前に、何か食べたい物があれば極力期待に添うが」
「は、はい」
レインは手錠を掛けられたまま箸が持てるのだろうか、とふと考える。
まあ出来ないことはないか、とすぐに割り切って考える。
「失礼します。夕食をお持ちしました~」
何故かまだ食事の注文をしていないのに、部屋に入ってくる人がいる。
白い法衣を着て、サングラスとマスクをつけ、料理の入った岡持ちを持った若い男だった。
ンゴロの額に青筋が立つ。
「どうしてあなたがここに来るんですか?」
怒りのこもった声で怪しい男を叱咤する。
若い男は岡持ちの中から湯気の立つラーメンを二つ出し、机の上に並べる。
小声で答える。
「だ、だって、逮捕されて辛い目にあっている上に、ひもじい思いをしているといけないと思ったからさ。こうして温かい食事を持ってきたんだよ」
「今回の件には、いくらあなたでも口出しは無用ですよ? これは私の管轄する事件です。いくらあなたの関係者と言えども、便宜を図ってやることは出来ません」
ンゴロはぴしゃりと言い返す。
「そ、そんな~。そこを何とか頼むよ~」
怪しい男は後生とばかりにンゴロに懇願する。
一方のレインは湯気の立つおいしそうなラーメンを前に、ごくりと喉を鳴らす。
ちょうど箸とレンゲが置いてあったので、我慢できずに食べ始める。
「ではお言葉に甘えて、いただきます」
手錠を掛けられたまま、右手で箸、左手でレンゲも持ちながら苦労して食べ始める。
「あ、こら」
ンゴロが気付いた時には、レインはレンゲでスープをすくって口に運んでいた。
「このスープ、おいしいですね」
レインは怪しい男に笑いかける。
「そ、そうだろ、そうだろ? 朝から鶏がらのだしを鍋で煮込んで作っておいたんだ。その麺だって、私が手打ちで打った麺なんだよ?」
「この麺もおいしいです。細麺でこしがあって、スープとよく合いますね」
「もっと食べてくれていいんだよ? おかわりはまだ沢山あるから。あ、チャーハンと餃子もどうだい?」
二人の会話を聞いて、ンゴロは空いた口が塞がらないようだった。
怪しい男の肩をがっちりとつかむ。
「あなたは仕事をほっぽっといて、何をしていたんですか? 料理を作っている暇があれば、イストアとの案件の解決の糸口を探して下さい」
凄い顔でにらまれる。
「そ、そうだね。考えておくよ」
怪しい男はンゴロから目を逸らす。
「そ、それはそうと、ンゴロもラーメン食べないか?」