六章四話目
それはレインの心に小さな火を灯したようだった。
レインに落ち着きを取り戻させる。
レインは隣に座るンゴロを見、空船の窓から外の夜景を見る。
空船の窓から、眼下に見える家々の明かりが後方へと流れていく。
――きっと大変なのはこれからだ。
レインはぼんやりとそんなことを思っていた。
オルグの死によって、静まった湖面に石を投げたかのように広がった波紋は、やがて大きなさざ波となって対岸の岸辺へと打ち寄せる。
この一件によって、どのようなことが変わることになるのか、レインの周囲がどう変わるのかは、まだわからなかった。
けれどこの件によって、レインの周囲は大きくわかるのだろう、と言う確信はあった。
いつだって変化は目に見えないところで起こる。
目に見えないところで何かが動き出し、それが大きな変化になるのか、小さな変化で留まるのかは、起こってみるまで誰にもわからないのだ。
レインは流れていく夜景から目を離し、掛けられた手錠を見下ろす。
冷たい金属の表面に手で触る。
あまりに一度のことが起こり過ぎて、レインの頭はまだ状況がよく呑み込めない。
オルグが死んだことでさえ、自分の中で納得できないことなのだから。
――僕が、オルグを殺したのかな?
それさえも、レインはまだまともに考えることが出来ない。
誰も言葉一つ発せず、静まり返った船内に、空船のエンジンの音だけが静かに響いていた。
*
首都のセラフの空港に到着したのは、深夜になってからだった。
レインをはじめ、皆は護送車で中央教会まで護送され、それぞれ剣を所持した騎士達に付き添われ、懺悔室に連れて来られた。
懺悔室に着く頃にはレイン一人と異端審問官のンゴロだけになっていた。
その部屋には、二人の先客がいた。
一人はとても罪人には見えない司教の持つ杖を持ち、法衣を着たレインと同じ年ごとの少年。
もう一人は騎士の剣を持ち、騎士の正装をした少年と同じ年頃の少女。
ンゴロはその二人を見ると、露骨に嫌な顔をして足を止める。
「これは最年少で司教の位に就かれたアヴィニヨン司教様に、最年少の女性騎士様じゃないですか。今日はどういったご用件で?」
ンゴロの口調に明らかな棘が含まれる。
少年はその態度を気にした様子もなく、答える。
「ぼくと同じリタ・ミラの種を持った少年がやって来ると聞いて、見に来たんだよ? ここで待っているのが一番早いと言われて、会いに来たんだ」
「理由は、レイと同じです」
少女の方も、淡々とつぶやく。
ンゴロは口の中で舌打ちをする。
「あのおしゃべりどもめ。機密をべらべらしゃべりやがって」
レインは話の流れについて行けず、手錠を掛けられたまま立ち尽くしている。
少年は好奇心の目でレインを覗き込む。
「君、リタ・ミラの種の力で、人を殺したんだってね?」
そんなことを言われ、レインはどきりとする。
オルグのことが頭に浮かび、レインは言葉を失う。
「レイ、やめなさい。初対面の人にそんなことを言っては失礼ですよ?」
少女はすっと少年の手首をつかみ、変な方向に曲げる。
少年が悲鳴を上げる。
「い、痛い痛い痛い! 痛いよ、ヴィオレッタ」
少年の体が変な方向に曲がっている。
「く、口で言ってくれればわかるから。ヴィオレッタ、手を離してよ!」
少女は少年の変な方向に曲げた手首を、ぱっと離す。
「そうですか。アヴィニヨン枢機卿、あなたのお父様には、甘やかして育てた末息子は口で言っても反省しないから、体でわからせてやってくれ、と頼まれています。では、次からは言葉に気を付けて下さい」
少女は顔色一つ変えずに、淡々と言う。
「わかってるよ。ぼくは最年少で司教の位に就くくらい優秀なんだから、それくらいわかってるよ。今回のことだって、こいつがどんな奴か確かめようとしただけさ」
少年はひねられた手首をさすっている。
「そうでしたか。それは失礼しました」
少女は素直に少年に頭を下げる。
レインはそんな二人を呆然として眺めている。
少年はレインに身を乗り出してくる。
「それで、実際のところはどうなの? 君、その容姿からすると華南人か、鈴牙人なんだろう? これだから野蛮な東方人は、人殺しなんて残虐なことをするんだ」
「レイ、それは差別発言です」
間髪入れず、少女が背後から少年の首に腕をかける。
きゅっと首を締め上げる。