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五章三十八話目

 運転席の部下の言葉に、青年は肩をすくめる。

「イーゴリ、それじゃあおれが今まで周囲を騙していた、ということになるじゃないか。おれはいつだって自分に正直に生きているよ。周囲を騙したことなんて一度もないよ」

青年は溜息を吐き、座席にもたれかかる。

部下の男は平然としている。

「ええ、若はいつだってご自分に正直に生きていらっしゃいます。それは否定いたしません」

「じゃあ、何が言いたいんだ?」

 青年は渋い顔で運転席にいる部下の後姿を見る。

 部下は車のハンドルを握りながら淡々と言う。

「前にもサラ様にお伝えしたことかもしれませんが、若はどうも誤解されやすい性質でして、若の本当のお気持ちがそのまま相手に伝わらないことが多いのです。それもすべて若が多少なりとも自分を偽る演技をしているせいなのでしょう。若と共にいた時間の長いサラ様でさえ、恐らく若の本当のお気持ちに気付いておられません。最早どこまで本当の気持ちで、どこからが演技なのか、若自身もわからなくなっていらっしゃるところがあります」

 青年は部下の言葉を聞いて、口元に苦笑いを浮かべる。

「確かに、お前の言うことには一理あるな」

 青年は考え込む素振りをする。

 部下は前を向いたまま軽く頭を下げる。

「出過ぎた真似をしました。お許しください」

 青年は軽く頭を振る。

「いや、いい。お前の意見が聞けて参考になった。また何か気になることがあれば、遠慮なくおれに言って欲しい」

「はい、承知いたしました」

 レインは二人のやり取りを黙って聞いていた。

 その視線に気付いたのか、青年がこちらを振り返る。

「そう言えば、君への答えがまだだったね。つまりおれの答えはこうだよ」

 レインににっこりと笑いかける。

「不適格者に対する偏見や差別はあるけれど、そんなことは、くそくらえ、だ」

 レインは青い目をぱちぱちとまばたきする。

「え、ええと、はい」

「つまり、そんなことを気にしていても仕方がない、ってことさ。君も大人になって、社会に出てみればわかると思うけどね」

「は、はい!」

 よどみなく答える青年に、レインは背筋を伸ばす。

 憧れの眼差しで青年を見つめている。

 青年は苦笑いを浮かべる。

「君、レイン君とか言ったかい? おれの意見をあまり参考にしないほうがいいと思うよ。大なり小なり人はみんな汚いものだからね。おれみたいに建前の世界で生きている人間がいるってことを覚えておいた方がいい」

 レインは自分の心が見透かされたような気持ちになり、恥ずかしくなる。

「はい、すみません」

「君を責めている訳じゃないよ。君の素直さは、サラと通じるところがある。それはそれで素晴らしいものだ。だから君の質問に答えたのも、半分はおれのおせっかいさ」

 青年はにこにこと笑っている。

 レインはちらと姉の様子をうかがう。

 姉は先程からうつむき、暗いために表情は見えない。

 そうしている間に、車は病院の門の前に到着する。道の片隅に停車する。

「着いたみたいだね」

 青年がぽつりとつぶやき、車の扉が外から開かれる。

 レインは扉から道路へと降りる。

「オルグ君は、三階の手術室にいる。行ってあげるといい」

 駆け出しかけたレインの背に青年の声がかけられる。

「ありがとうございます!」

 レインは病院に向かって駆け出す。その後にリシェンが続く。姉と弟も走っていく。

 駆けていく後姿を、青年はぼんやりと眺めている。

「みんな、若いなあ。あんなに一生懸命になれるなんてさ」

 車の運転席から出てきた部下が答える。

「若も、若いではないですか」

「でも、友達のためにあんなに一生懸命にはなれないよ。そう言う意味で、若いなあ、と言っているんだよ」

 皆の後姿は夜の闇にまぎれて見えなくなっていた。

「若は、彼らの一生懸命さがうらやましいのですか?」

 青年は肩をすくめる。

「どうだろう? でも、彼の純粋さはうらやましいな」

「そうですか」

 部下の男はそう言ったまま黙り込んだ。

 不意に微かな足音が近づいてくる。

「誰だ!」

 部下の男は銃を抜き、足音のした方に構える。

 他の部下達も青年を守るように周囲を囲む。

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