五章三十七話目
レインは窓から目を離し、皆のやり取りを見守っている。
姉は小さく溜息を吐くのが見える。
「兄さまはどうしてそう誤解を招くようなことをおっしゃるのですか? 半分は冗談のつもりで言っているのでしょうけれど」
うずくまっている青年に目を移す。
レインはかねてから青年に聞いてみたいことがあった。
オルグのことがあり、それどころでなかったためにずっと聞けなかった。
「あ、あの。少しいいですか?」
けれどそれは青年にとって、とても失礼なことかもしれない。
レインは迷いながら尋ねる。
「あなたにお聞きしたいことがあるのですが」
「ん?」
青年は脇腹を押さえながら、深緑色の瞳を向ける。
「あなたは法術を扱えない“不適格者”とお聞きしましたが」
レインがそう問いかけた途端、青年の隣に座っていた弟の表情が強張り、姉が難しい顔をする。
「失礼な事とは十分に承知しています。でも、どうしても知りたいことがあるんです」
当の青年は涼しい顔だった。
穏やかな笑みを浮かべて問い掛けてくる。
「君の知りたいことって、何だい? 不適格者であるおれじゃないと答えられないことかい?」
レインは小さくうなずく。
「あなたは不適格者ですが、どうしてそんなに堂々としていられるのですか?」
言ってから、レインは慌てて付け加える。
「あ、いえ、そんな失礼な意味ではなくて、僕はただ単純にあなたのことをすごいな、と思ってですね。この学校では、いえ、この国と言った方がいいのかもしれませんが、一般的に不適格者に対する偏見があります。法術を扱えないと言うだけで、まともな職業に就けなかったり、入学を断られる学校もあるそうですから。と言っても、イストアには不適格者に対する偏見は無いのかもしれませんが」
言いよどむレインに、青年はあっさりと言い放つ。
「君はつまり、おれが法術を扱えない不適格者にも関わらず、どうして財閥の副総帥という地位に就いているのか、と言うことを疑問に思ったんだね?」
「は、はい」
失礼だとは思いながら、レインはうつむきながら上目遣いに青年を見つめる。
「そして、聖イストア皇国では、不適格者に対する差別はないのか、と言うことが聞きたいんだね?」
「はい、そうです」
レインはこくこくとうなずく。
青年はにっこりと笑う。
「そんなのあるに決まってるじゃないか。頭の固い財閥の重鎮どもは、おれを毛嫌いして、副総帥の地位から引きずり下ろしたくて仕方がないと思うよ?」
青年は手を伸ばし、弟の隣にいる姉の黒髪に触れる。
「そして隙あらば、財閥創始者の血筋であるサラを使って、自分達に都合の良い男を見繕い、結婚させて、財閥内でより影響力を強めたいと考えているんじゃないかな?」
姉本人を前にして平然と話す。
「そう、なんですか?」
イストアの事情はよくわからないので、レインは聞いていることしか出来ない。
姉は頭を撫でられ、沈痛な顔で黙り込んでいる。
そこでふと思いついたことがあって、レインはじっくり考えることもせずに口に出す。
「そうだったんですか。それであなたはわざわざイストアから危険を冒して、お姉さんに会いに来たのですね? さっき言った財閥の悪い人にお姉さんが利用されないように、お姉さんを守るためにここに来たのですね?」
「へ?」
青年はレインを見つめたまま硬直する。
車内に気まずい空気が流れる。
何気なく口に出してから、レインはとんでもないことを言ってしまったと後悔した。
「す、すみません。今言ったことは忘れて下さい」
慌てて口を押さえて謝っても、一度言った言葉は取り消せない。
レインは青い顔で慌てふためく。
隣に座るリシェンは怪訝な顔をし、弟は怒ったような目で青年を見つめている。
「コノ人ガ、ソンナコトを考えているのでしょうか?」
リシェンが小声で独り言のようにつぶやく。
「こいつこそ姉さんを利用しようとしているんだよ! こいつのせいで、姉さんがどれだけ迷惑をこうむったか」
弟は青年の伸ばした腕をつかみ、鼻息荒く訴える。
青年は弟に腕をつかまれたまま、困ったように首を捻る。
「君、変わったことを言うね。おれのことをそんな風に言うなんてさ」
「す、すみません」
レインは必死に青年に謝る。
車の運転席から豪快な笑い声が響く。
「会ったばかりのレイン殿に本心を見抜かれては、若の今までの演技はすべて無駄だったようですね」