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五章三十六話目

 青年はさっきの校庭での出来事がまるでなかったかのようだった。

 弟が忌々しげに青年を睨む。

「どこに消えたかと思えば、こんなところに隠れてたのか」

「この国で目立つことは出来れば避けたいんでね。悪いけど隠れさせてもらったよ」

「逃げ足だけは早いんだな。しかも元婚約者の姉さんを見捨てて逃げ出すなんて、男として最低だと思わないのか?」

 弟の声には明らかな棘が含まれている。

 一方の青年は穏やかに笑っている。

「それで、おれに何か話があるんじゃないのかい?」

 青年はちらりとレインの方を見る。

 姉が青年の前に進み出る。

「兄さま、お願いがあります。どうかわたしたちをオルグさんの運ばれた病院まで連れて行ってください」

 青年は肩をすくめる。

 あっさりと言う。

「いいよ。ただし、そこの君に少し質問がしたいんだけど」

 青年の深緑色の瞳が夜の闇の中で光る。

「な、何でしょうか?」

 レインはわずかに身構える。

「いや、大したことじゃないよ。君は本当に彼を助けたいと思ってるのか、と思ってね」

「え?」

 それは以前にも弟に質問されたことがある問いだった。

 オルグを助けたいと思うのが、そこまで重要な事なのだろうか。

 今のレインには青年の質問の真意がわからなかった。

 青年は穏やかだったが真剣な声音でレインに尋ねる。

「君は誰かに言われたから、彼を助けたいと思っているんじゃないのかい? 彼を助けたいと思うのは、本当に君の意志かい?」

 青年真っ直ぐにレインを見つめている。

 レインの代わりに、姉が尋ねる。

「兄さま。オルグさんのこと、何か知っているのですか?」

 青年は小さく笑う。

「ここで待っている間に、少し彼の素性を調べさせてもらったんだけどね。彼は家が貧しくて、幼い頃から様々な犯罪に手を染めていたらしいね」

「オルグが?」

「そう。オルグ、と言うのは本名らしいね。この神学校には国費留学生として来たみたいだけど、それからの彼は別人のようになって成績優秀、スポーツ万能の優等生で通していたみたいだね」

 レインは青年の言葉を疑う。

 ――犯罪に手を染める? オルグが??

 およそ犯罪とは無縁のようなオルグが、そんなことをしていたとは、レインにはとても信じられない。

 背後から歩いてきた黒服の部下が、青年の耳元に何事かささやく。

「うん、そうか。わかった。ご苦労だったね」

 青年は部下を下がらせ、小さくうなずく。

「そのオルグ君が収容された病院の所在が突き止められたそうだよ。ここでの立ち話も何だし、とりあえず行こうか」

 青年は背後に止まっている車を指し示す。

 レインたちは青年にうながされ、車に乗り込む。

 車はレインたちを乗せると、音もなく夜道を走り出した。

「どうせなら、サラとそちらの美少女の隣の席が良かったなあ」

 レインから一番遠い窓際に座っていた青年が不満そうにぼやく。

 後部座席の並び方は一番奥から、青年、弟、姉、リシェン、窓際のレインの順番だった。

「誰がお前を姉さんの隣なんかに座らせるか」

 弟が鋭い目付きで青年を睨む。

「ワタシモ、コノ人の隣はチョット」

 リシェンも言いにくそうに口ごもる。

 姉は困ったように両隣の弟とリシェンを見ている。

「わたしは別に、兄さまの隣でも構わないですよ?」

 姉のひっそりとしたつぶやきに、青年が目を輝かせる。

「じゃあ、サラ。おれの膝の上に来るかい? 大丈夫、おれがサラを抱きしめてあげるから」

 ぽんぽんと自分の膝の上を叩く。

 一方の弟は何も言わず隣の青年の脇腹に肘鉄を食らわせる。

「ぐっ」

 青年は脇腹を押さえて沈黙する。

弟は姉に目を向く。

「姉さん、本気かい? こいつの隣に座ったら、どんないかがわしいことをされるかわかったものじゃないんだよ? ほら、姉さんがそんなことを言うから、こいつが変に図に乗るんだよ。姉さんはもっと毅然とした態度をだね」

 憤慨する弟に、姉はどう対応するべきか困っている。

「セクハラ」

 リシェンは脇腹を押さえてうずくまっている青年を侮蔑した目で見つめている。

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