五章三十五話目
レインは目に涙を浮かべる。
肋骨が軋むほど強く押し続け、汗だくになっている。
シェーラ先生と弟が地面に倒れているオルグを覗き込みながら話している。
「僕の血液型はOだけど、緊急の時はすべての血液型に輸血できる。失血の症状が出ているのなら、僕の血を使ってくれ」
「そうね、ありがとう。でも、今輸血しても火傷のせいで血液が皮膚から流れ出てしまうと思うわ」
シェーラ先生の声には悲痛な響きが含まれている。
姉はオルグの火傷に治癒の術を施していたが、傷をふさぐことは出来なかった。
「もう、オルグさんの体に自然治癒力が、あまり残っていないようです。オルグさんの体は変身の術の反動と、怪我でぼろぼろになっています。先ほどレインさんと話していた時も、きっと気力だけで意識を保っていたと思います」
レインが心臓マッサージと人工呼吸をする傍ら、オルグの胸に耳を当てても、心臓の鼓動は聞こえてこない。
時間だけが虚しく過ぎていく。
けたたましいサイレンの音が、遠くから聞こえてきたのはそんな時だった。
ずっと待ち望んでいた緊急車両の到着に、レインはほっと息を吐き出す。
「ようやく来たわね」
シェーラ先生が顔を上げ、立ち上がる。
「怪我人はこちらだ」
イヴン先生が緊急車両に手を振る。
白い服を着た救急隊員車から降りて、担架を持ってこちらにやってくる。
一緒に警察や消防の車両も来たので、そちらはノートゥン先生が対応している。
生徒たちや先生たちが不安そうに見守る中、オルグが担架に乗せられる。
停車した緊急車両に運び込まれる。
「どなたか付き添いの方は」
救急隊員の問いかけに、レインは手を挙げる。
「ぼ、僕が付き添います!」
「私がオルグ君に付き添うわ」
次いで手を挙げたのはシェーラ先生だった。
シェーラ先生がレインを見る。
強くはっきりした声で言う。
「レイン君はここで待っていてちょうだい。お医者様へのオルグ君の怪我の説明や入院の手続きは私がするから」
「で、でも、僕は」
レインはシェーラ先生の言葉にためらう。
自分が何も出来ないとわかっていても、今はオルグのそばについていたかった。
姉が小声で話しかける。
「レインさん、わたしたちは別の車で病院へ向かいましょう。今はオルグさんを急いで病院に運ぶのが先決です」
それにはレインの方が折れざるを得ない。
「わかりました。シェーラ先生、オルグをお願いします」
「えぇ」
シェーラ先生は緊急車両に乗り込む。
目の前で緊急車両がサイレンを鳴らして出て行く。
「イヴン先生」
ノートゥン先生と一緒に警察に事情を話していたイヴン先生に、姉が話しかける。
「オルグさんの容体が心配なので、レインさんと病院に向かってもいいですか? 警察の方への事情説明はまた後日しますので」
イヴン先生は警察から離れ、こちらにやってくる。
大きくうなずく。
「わかった。恐らく学校の先生や生徒たちから順番に警察に事情を説明することになるだろうから、お前たちは一番後にしておこう。病院に向かってくれ」
姉はレインを振り返る。
「行きましょう、レインさん」
レインはきびきびと動く姉をまぶしそうに眺めている。
――僕も、お姉さんみたいに堂々と動くことが出来ればいいのに。
弱気になりそうな気持を、頭をふって振り払う。
「でもお姉さん、病院へはどうやって向かえば」
レインの問いに、姉は小さく笑う。
「大丈夫です。きっとその辺りに、まだ兄さまが車で待っているはずですから」
姉は杖をついて弟と一緒に夜の校門へ向かう。
レインもその後を歩いていく。
「レイン、マッテ」
リシェンが後ろから追いかけてくる。
「あそこだ」
弟が校門の外の、通りの角を指さす。
通りの角に隠れるように、闇にまぎれて一台の高級車が止まっている。
レインとリシェン、姉と弟の四人はそちらへと歩いていく。
通りの暗闇の中に、闇に溶け込むような黒服をまとった男たちが数人立っている。
その中に、さきほど校庭にいたはずの白いスーツを着た青年がたたずんでいる。
「やあ、来たね」