五章三十三話目
――これはずっとむかしのいのりのかたち。おかあさんがうまれたころのちから。いんちぇんでぃおはいなくなったけれど、そのちからはいまもいきている。
リタ・ミラの種は静かにつぶやく。
レインにはその意味がよくわからない。
しかしその祈りの言葉は千年前に使われていただろうことは予想がついた。
火球は授業中にイヴン先生が実技で見せてくれたものよりも何倍も大きい。
少しずつふくれあがり、レインの手の平の大きさを超えて、さらにふくらんでいく。
黒竜が眼下からレインに迫ってくるのが見える。
レインは自分の体ほども大きくなった火球を黒竜に投げつける。
火球はボールのように黒竜に向かって飛んで行く。
黒竜の体に触れた瞬間、弾けるようにして爆発する。
黒竜の絶叫が夜の空気を震わせる。
火の粉は近くにいたレインにまで迫ったが、リタ・ミラの種の張った防護壁が守ってくれた。
「オルグ」
レインは黒竜が火にのたうちまわっている姿を見て、胸が痛む。
悲鳴を上げ、体をめちゃくちゃに動かし、何とか体に燃え移った火を消そうとしている。
黒竜は火に巻かれながらも火を放ったレインを見上げる。
怒りのこもった瞳でにらみ、レインに向かって襲い掛かる。
レインは思わず息を飲む。
その時、レインの隣を何かが風のように通り過ぎた。
それは怒りにかられる黒竜の右目に突き刺さる。
黒竜は再び物凄い悲鳴を上げる。
振り返ると、白竜サライの背に乗ったリシェンが夜空に浮かんで見えた。
リシェンは守り刀の鞘を手に、片方の手は前に伸ばしている。
「レインは、ワタシが守る。コノ刀にソウ誓ったカラ」
レインの隣を風のように通り過ぎたのは、リシェンの投げた守り刀だった。
黒竜の右目に守り刀が突き立っている。
「レイン、気を付ケテ。黒竜はマダ倒れてイナイ」
リシェンの言葉にレインは黒竜を振り返る。
黒竜は苦しみ、黒い血をまき散らしながらもレインに襲いかかろうとする。
首を伸ばし、巨大な口を開き、空に浮かぶレインに迫ってくる。
視界の隅、黒竜の足元で何かが光った。
――え?
明かりに照らし出され、鈍く輝く剣を手に、弟が地面を蹴るのが見える。
「竜の急所だとういう逆鱗は、この辺りか?」
弟は弾丸のように一直線に飛び上がり、黒竜の喉元に剣を突き立てる。
逆鱗に突き刺さった弟の剣は、黒竜ががむしゃらに暴れても抜けなかった。
弟は鱗と鱗との間に深々と剣を刺し、すぐに両手を離す。
黒竜の体を蹴って、地面へと戻る。
「今じゃ!」
ノートゥン先生の声を合図に、まばゆいばかりの法術の光が弾ける。
黒竜を取り囲んでいたノートゥン先生やイヴン先生、姉が同時に雷の法術を放つ。
目もくらむような閃光と轟音が夜の帳を裂く。
黒竜は悲鳴を上げることもできずに、雷を受けてその場に棒立ちになる。
轟音と光が収まった後は、全身から煙を上げ、ぐったりと首を落とす。
土煙を上げて地面に倒れる。
辺りは水を打ったように静まり返った。
遠くから見守っている生徒たちや先生たちも一言も発さない。
黒竜の姿が歪み、みるみる小さくなっていく。
「変身の法術が解けた様じゃな。本来は術者の死と共に解けると言われているが」
ノートゥン先生がぽつりとつぶやく。
宙に浮かんでいたレインは、黒竜から人の姿に戻ったオルグの姿を見つける。
「オルグ!」
足をばたつかせながらも、高度を下げて何とか地面に降り立つ。
転がるようにオルグへと駆け寄る。
「オルグ、オルグ!」
地面に倒れているオルグの前にしゃがむ。
オルグの体のあちこちに火傷の跡があり、右目と喉にひどい傷があり、血が流れ続けている。
それらは自分達がつけた傷だと思うと、レインは胸が痛んだ。
オルグはうっすらと目を開く。
「その声は、レインか? すまない、目がかすんで、よく見えないんだ」
オルグはかすれた声でささやく。
レインはオルグの手を握りしめる。
「僕はここにいるよ。ごめん、オルグ。僕はオルグを助けることが出来なかった。僕はオルグの役に立てなかった。本当にごめんよ」
オルグは力なく笑う。
「そんなことないよ、レイン。本当は、ぼくは、いつかこうなることはわかってたんだ。国のために働いて死ねと、ずっと教えられて、国費留学生としてぼくはここにやって来たんだから。君が気に病むことはないよ」
オルグは咳き込む。