五章二十八話目
リシェンが険しい表情で答える。
「黒竜?」
青年が不思議そうに首を傾げる。
姉が代わって答える。
「確か、黒竜は竜の中で一番巨大な種類です。その性質は肉食で凶暴。普段は人の近寄らない高地に住んでいると聞きますが」
「へええ、あれが黒竜というやつなのか」
青年は感心したようにつぶやく。
「それであれは火を吹いたりするのかい?」
「黒竜は毒霧を吹きかけて獲物を弱らせると聞きますが。確かなことは、わたしにもよくわからないのです」
姉は困った顔で言いよどむ。
リシェンの様子をうかがう。
本来は竜に詳しいはずのリシェンはずっと黙ったままだった。
つられてレインもリシェンを見る。
リシェンは寮の壁を壊して立ち上がる黒竜を食い入るように眺めている。
その表情は険しく、引きつっているようにも見える。
「リシェン?」
レインが声をかけると、リシェンは弾かれたように振り向く。
「ア、ハイ」
そこへ寮の近くで逃げる生徒たちを誘導していたイヴン先生が歩いて来る。
「寮の生徒たちは皆、非難を終えたようだ。どうだ? あの竜に対する有効な対処法を考えついたか?」
「ソレハ」
リシェンはイヴン先生に聞かれて黙り込む。
ぽつりとつぶやく。
「村デハ、黒竜が来たら家畜が襲われナイヨウニ、火でオイハライマス」
リシェンの言葉を聞いて、イヴン先生は首を横に振る。
「追い払うのでは駄目だな。こんな場所では、追い払えば他に被害が出る恐れがある。捕縛するか、退治するかしかない」
二人のやり取りを聞いて、レインは顔色を変える。
「退治するって、あれはオルグですよ? オルグを元に戻す方法は無いんですか?」
レインの訴えに、ノートゥン先生は沈痛な顔で首を振る。
「残念じゃが、あれを元に戻すことは出来ないじゃろうよ。変身の術がどうして国際法で禁じられていると思う? それはその姿に変身したが最後、人であった頃の理性なぞ、簡単に吹き飛んでしまうからじゃ。人であった頃の記憶がなくなれば、当然、元の姿に戻ることは出来ない」
「そ、そんな、じゃあ、オルグは」
顔色を失うレインに、ノートゥン先生もイヴン先生も気遣うような視線を向ける。
「レイン、ゴメンナサイ。ワタシガもっと早くキヅイテイレバ」
リシェンはうつむいているレインの顔をのぞきこむ。
姉と弟もじっと黙り込んでいる。
青年だけは重い空気を気にした様子もないようだった。
「ところで、あれはそのままでいいのかい? この騒ぎを聞きつけて、先生や生徒たちが集まってきているようだけれど」
黒竜を指さし、のんびりした声で言う。
「若、我々もここから非難した方がよろしいのではないでしょうか」
お付きの黒服の男がささやく。
黒服の男たち数人が青年の周りを油断なく取り囲んでいる。
「ん~? おれはここでいいよ。ここにはサラもいるし、いざとなったら弟君が守ってくれるよ」
青年の言葉を聞いて、弟が怪訝な顔をする。
「なに僕や姉さんに頼ろうとしているんだよ。役立たずはさっさと帰れよ!」