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五章二十話目

 青年とレインの顔を交互に見る。

「レインさん、少し落ち着いてください。レインさんにどういった事情があるのかは知りませんが、ここでその話は少し」

 姉はそう言って、驚いた様子の生徒たちを示す。

「詳しい話は、後で聞かせていただけませんでしょうか。ここでは人目があります」

 レインに顔を近付け、小声でささやく。

「すみません、お姉さん」

 レインは頭を下げる。

 青年はそんなレインと姉とのやり取りを、目を細めて眺めている。

「ではレインさん、また後で」

 姉はそうささやいて、レインから離れる。

「男友達との話は終わったのかい?」

「はい、お待たせして申し訳ありません」

 青年は姉の肩に手を置いて、また歩き出す。

 レインは二人の後姿を黙って見送る。

 二人が去って行って、廊下に集まっていた生徒たちもそれぞれに散って行く。

 レインが顔を上げると、じっとこちらを見つめている弟と目が合った。

 弟は小声で話す。

「姉さんに、あのことを相談するつもりなのか?」

 あのこととは、オルグやスパイとのこと、という意味だろうか。

 弟は渋い顔で溜息を吐く。

「姉さんは優しい。困っている相手がいれば、助けずにはいられない性格だ。たとえ自分の立場が危うくなるとしても、それは変わらない。この話を聞けば、きっとお前の親友だかを放っておかないだろう。何とかしてそいつを助ける方法を考えるはずだ」

「うん」

 レインは青い目を伏せる。

 オルグのことで他の人に迷惑がかかってしまうかもしれないことは、十分に承知している。

「けれど、これはオルグの命がかかっているんだ。オルグはイストアのスパイに殺されてしまうかもしれないんだ。だから、僕はオルグを助けたい。今までオルグに親切にしてもらった分、今度は僕がオルグを助ける番だ」

 弟は小さな溜息を吐く。

「あの温室の中であんたが倒れている時、僕に切りかかって来た黒装束の男は、あのオルグとかいう奴だぞ?」

「え?」

 レインは驚きに息を飲む。

「それでもあいつを親友だと言えるのか? レイン・アマナギ・イスカリオテ」

 弟は険しい顔つきでレインを見据える。

 その赤い瞳にはぞっとするような冷たい光が宿っている。

「あいつはイストアのスパイではない。だが、スパイの手助けをさせられている。そしてそのスパイに命を狙われているのも、恐らく本当だろう。あの怯えようは、とても演技とは思えない。けれど、あいつはお前に本当のことを話していない。自分に都合のいいことしか話さず、自分に不利になるようなことは話していない。それは人が人を騙す時に使う常套手段だ」

 レインの顔から血の気が引く。

「う、うそだ。オルグが僕を騙しているなんて、そ、そんな」

 レインは一歩後ろに下がる。

 弟は軽く頭を振る。

「あいつは嘘は言っていないだろう。けれど、お前に真実も話していない。スパイの手助けをして、お前を殺そうとした事実を話していない。それでもお前はあいつを信じられるのか? あいつを親友だと言えるのか?」

「そ、そんなことは」

 レインは青い顔でぶるぶると震える。

「レイン?」

 後ろで黙って聞いていたリシェンが、青い顔のレインを気遣うように声をかける。

 弟は肩をすくめる。

「僕の話を信じるか、信じないかはお前の勝手だ。けれど、その親友だかを助けるために、姉さんを危険な目に合わせるのだけはやめて欲しい。僕は姉さんをあんたに助けてもらった恩があるから、出来る限りの協力はするけれど、あんたと共倒れになるつもりはない。お前を利用しているあいつを、果たして助ける価値があるのかどうか、そのことをよく考えてくれ」

 弟はさっときびすを返す。

 レインに背を向け、廊下を歩いていく。

 レインは足元がぐらぐらと揺れているような錯覚に、立っていられなくなる。

 床にへたり込む。

「レイン」

 リシェンが不安そうな顔で近付いてくる。

 深緑色の瞳がレインを見下ろしている。

「ぼ、僕は、オルグのことを、親友だと」

 レインは急にわからなくなる。

 神学校に上がってから、オルグと一緒に過ごした日々を思い出そうとしたが、その日々も急に色あせてぼやけて見える。

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