一章九話目
傍らには温室の壊れた鍵が転がり、それを発見した用務員が警察に通報する。
警察は第一発見者の用務員を疑うが、彼は法術が使えないため、容疑者から外される。
鍵と同じその鋭利な切り口は、とても人の手でしたものとは思えなかった。
上級の法術を扱える者。それも並大抵の腕前ではない法術師だろう。
もちろんジョゼ神学校の生徒達は、容疑者から外される。
風の力を使った法術で、人をすっぽりと覆うほどの真空の空間を作り出し、真っ二つにする上級法術など、まだ学校では習っていない。
容疑を向けられた先生達は、迷惑そうな顔をしてこう口裏を合わせるだろう。
――殺された生徒は鈴牙人だった。犯人は鈴牙人を差別する狂信者だ。この学校にはそんな先生はいない。よって犯人は外部の人物だ。
こうして犯人は外部の人間だと判断され、殺人事件は永遠の闇の中に葬られる。
そこまで考えたところで、レインは正気に戻る。
慌てて自分の最悪の考えを打ち消す。
――ちょ、ちょっと待て。まだ彼女が僕を殺すとは限らないじゃないか。彼女は僕が何者か聞いているだけだ。名前を名乗ればいい。それだけだ。
レインは濃い朝霧の中で、震える体を必死に押さえる。
気持ちを奮い立たせ、心の中で強く念じる。
――僕は、レイン・アマナギ。鈴牙人だ。このジョセ神学校の生徒で、ラスティエ教国の北の果て、北方群島が故郷だ。
どこまで答えればいいのか分からないレインは、自分の身の回りのことをつらつらと考える。
――家族は父と母、弟の三人と、牧羊犬が一匹、羊が二頭、年老いたロバが一頭に、山羊が一匹。父親は辺境伯のお屋敷で庭師をしていて、母は料理人として時々お屋敷に手伝いに行っている。
話しているうちに、声の主に対する恐怖は薄れ、親近感が沸いてくる。
辺りを濃く覆っていた朝靄が徐々に晴れ、空からは黄金色の光が差し込んでくる。
レインが言葉を切った瞬間を見逃さず、声の主が語りかける。
『お前は、鈴牙人か?』
突然の彼女の問いかけに、レインは戸惑う。
――う、うん。と、言っても、僕の父親が鈴牙人の血を引いていて、母親が北方群島の人間だから、半分しか血を引いていないけれど。
しかし彼女はレインの話を聞いていないようだった。尚もレインに問いかける。
『お前、鈴牙人で、庭師といったか? 庭師とは、植物の世話をする人間のことを指すのだったな?』
彼女の不思議な問いかけに、レインは小さくうなずく。