五章十話目
どうやらレインの知らないところで随分と話が進んでいるようだった。
レインは唖然として話を聞いている。
――わーい、りしぇんといっしょ!
リタ・ミラの種は喜んでいるようだった。
レインにとっては、ここまで素直に物事が考えられるのが逆にうらやましく思う。
そんな戸惑っているレインの様子に気付いたのだろう。
リシェンが不安そうな顔で尋ねてくる。
「レイン、ワタシがいたら迷惑?」
深緑の瞳に見つめられ、レインは慌てて首を横に振る。
「め、迷惑じゃないよ。ただ、そんな話は初めて聞いたから、驚いているだけだよ」
声が裏返ってしまう。
リシェンに見つめられると、何故か緊張してしまう。
――きっと僕が女の子と話し慣れていないせいだよな。
こういったことに鈍感なレインは、さっぱり自分の気持ちに気付いていなかった。
「じゃ、じゃあ、冬休みの間は僕の故郷の北方群島で、リシェンと一緒に過ごすんですか?」
レインはノートゥン先生に尋ねる。
するとノートゥン先生の代わりに弟が呆れたように答える。
「さっき、四人で一緒にいるように、と言われたばかりだろう?」
「へ?」
「僕や姉さんも、冬休みは北方群島に行くつもりだよ。姉さんは、まあ、ここに帰ってくれば、だけど」
レインは驚いて弟とノートゥン先生の顔を見比べる。
ノートゥン先生は白いあごひげを撫でる。
『ほっほっほっ、強力な助っ人を頼んであるから心配するでない。ちゃんとイストア側に知られないようにしておるわい。元枢機卿の人脈は存外広いものだ』
「は、はい、ありがとうございます」
レインは強力な助っ人、と呼ばれた人物が誰なのか興味があったが、名前を聞いても恐らくわからないだろう、と判断した。
それよりももうすぐ迎える冬休みが待ち遠しくなった。
――冬休みは賑やかになりそうだな。ライ様はいないけれど、また今までのように北方群島で明るい冬を越せれそうだな。
レインは北方群島のみんなで年越しの祭りを祝う光景を思い浮かべる。
みんなで料理を持ち寄り、プレゼントを交換して、新しい年の訪れを祝う。
そこには笑顔でいるレインの家族、辺境伯の家族や島民たちの姿があるだろう。
――楽しみだな、冬休み。
レインは夢想にひたりながら、ひととき自分の置かれている状況を忘れる。
――たのしみ、ふゆやすみ!
リタ・ミラの種も喜んでいる。
「ヨロシク、レイン」
リシェンがレインに笑いかける。
「こちらこそ、よろしく」
レインも返す。
ここでノートゥン先生の話が終われば、レインは幸せな気持ちのままでいられたのだろうが、現実はそうはいかなかった。
『さて、この神学校に隠れているスパイのことじゃが』
スパイ、という単語を聞いて、レインは一瞬で現実に引き戻される。
『我々の方でイストアのスパイのおおよその見当はついているが、まだ決定的証拠がない。そして恐らく、イストアのスパイは一人ではない。複数いるじゃろう』
それには弟がこっくりとうなずく。
「そうだろうね。一人でこの広い神学校を探るのは骨が折れるだろうからね。それに一人でかぎ回っていると、怪しまれる可能性も高い。複数で役割分担をして動いたほうが効率がいいだろうね」
弟はじっとレインの青い目を覗き込む。
「そんな訳だから、出来るだけ一人で行動することは避けてもらいたい。一人で行動すると、また前のようにスパイに襲われる可能性がある。一人で行動してスパイを返り討ちにする自信があるのなら別だけど」
弟の言葉に、レインは慌てて首を横に振る。
「ぼ、僕なんかが、スパイを相手にするなんて、無理だよ。いじめっ子のミゲロとウルベールにだって、ぼこぼこにされたのに」
レインはうつむき、小声で答える。
おせじにもレインは腕が立つ方ではなかった。
それどころか運動神経は平均以下と言える。
そんなレインの様子を知ってか、弟は肩をすくめる。
「そうだろうな。見たところ、法術の素質はありそうだけど、体術の心得はまったくのようだな」
弟の容赦ない物言いに、レインは返す言葉もない。
レインは黙り込む。
「ダイジョウブ、レイン。わたしがアナタを守る」
リシェンは胸に手を当て、にっこりと笑う。
「ありがとう、リシェン」
レインも自分で何かできればいいのに、と思いつつ、スパイに対する具体的な方策を何も思い付かなかった。