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五章九話目

「ノートゥン先生?」

 レインはまじまじとノートゥン先生の顔を眺める。

「センセイ?」

 その隣では事情を知らないリシェンが首を傾げている。

 レインの代わりに弟が説明する。

「ノートゥン先生は以前は枢機卿の位に就いていた。代々続く名家であり、イストアに対して一歩も譲らない主戦派のアヴィニヨン枢機卿は、成り上がりで和平派のノートゥン枢機卿を快く思っていない。教皇が言い出した、枢機卿の半数は四名家以外から出す方針で、渋々従っているところはあるけれど、心の中では不満に思っているはずだ。ことあるごとに二人は対立し、政治の上で戦ってきた。アヴィニヨン枢機卿が代替わりをした時、政治に嫌気が差したノートゥン先生は、イヴン先生の父親であり、当時は大司教だった彼を次の枢機卿に指名し、政界から退いた。神学校として新しかったジョゼ神学校に呼ばれ、教鞭を取り、生徒たちを教え続けている。政界から退いた後も、イヴン枢機卿をはじめ、以前から付き合いのあった聖職者たちは、ノートゥン先生に一目置き、ことあるごとに意見を求めに来ている」

 長い話をすらすらとしゃべる弟にレインは感心する。

「スミルノフ君は物知りだね」

 どうして弟が政治の裏事情まで知っているのか、レインは爪の先程の疑問も感じなかった。

 弟は照れくさそうに言いよどむ。

「べ、別に。これくらいの情報収集は、仕事として当然だよ」

「仕事?」

 レインは聞き返す。

 弟はしまった、と言う顔をする。

 その時、イヴン先生がわざとらしく咳払いをする。

「順を追って説明しよう。今回、何も知らずに巻き込んでしまったお前たちには、悪かったと思っている」

 イヴン先生がそう前置きし、ノートゥン先生と顔を見合わせる。

『二人がどこまで知っているのかは、わからないが。最初から説明しようと思う』

 ノートゥン先生が古代ノウル語で話し、イヴン先生がマース語で通訳する。

『特に、レイン・アマナギ。何も知らないままあんな目に合って、怖かっただろう? わしらも十分に注意していたことだったが、まさかこんな校内であんなことが起こるとは思わかなかったのじゃ』

 ノートゥン先生は白いひげを撫でながら、溜息を吐く。

『あの日、君はどうして温室に行こうと思ったのかは、もはや理由を聞いても詮無きことじゃ。天空神ラスティエの思し召しだとしか思えない。しかし君はあの日、リタ・ミラとラスティエに選ばれた。リタ・ミラの種を受け継ぎ、次代に大樹を守っていく役目を仰せつかった訳じゃ。それはとても誇らしいことでもあり、とても困難なことじゃ。大樹にとっては生きる上で必要な世代交代なのじゃろうが、そこに人間たちの思惑が絡んでいくと、そう一筋縄ではいかなくなる』

 イヴン先生はノートゥン先生の言葉を的確に訳す。

『リシェン・ブラダマンテ。隣国である聖イストア皇国のことは知っているかい?』

 ノートゥン先生はリシェンに尋ねる。

「ハイ」

 小さくうなずく。

「地理のベンキョウはしています」

 短く答える。

『そうかそうか』

 ノートゥン先生は満足そうにうなずく。

 次いでレインを見る。

『レイン・アマナギ。もう既にシェス・スミルノフから聞いているかと思うが、しばらくは寮の離れで四人で暮らしてもらうことになる』

 イヴン先生が訳したのを聞き、レインは青い目を見開く。

「四人、ですか?」

『そうじゃ。ここにいるレイン・アマナギ、リシェン・ブラダマンテ、シェス・スミルノフの他に、ここにはいないがサラ・スミリャスカの四人で、一緒に暮らしてもらう』

 それは初耳だ、とレインは息を飲む。

 弟もそれは同じだったらしく、驚いたような顔をしている。

 寮の離れとは、神学校を訪れる来客用の部屋で、普通の学生たちの使う部屋よりも設備が充実している。

 その部屋をしばらく使ってもいい、と言うことは、レインにとっては悪くないことだった。

「じゃあ、お姉さんはここに戻って来るんですね?」

 弟の代わりにレインが尋ねる。

 それにはイヴン先生が渋い顔をする。

『サラ・スミリャスカはあちらに発つ間際、わしに確かにそう言ったよ。自分はまだまだこの国で学びたいことが沢山ある、と。わしはその言葉を信じ、彼女がこの国に戻ってくると信じておる』

 レインは弟を振り返る。

 顔を見ると、どこか安堵したような表情を浮かべている。

「よかった」

 微かにこぼれた弟のつぶやきを、レインは聞き逃さなかった。

『さて、リシェン・ブラダマンテ。この神学校内にイストアのスパイが紛れ込んでいることは、もう話したね?』

「ハイ」

 リシェンは大きくうなずく。

『イストアのスパイの手から、レイン君をぜひ守ってやって欲しい。このジョゼ神学校は、本来法術を使える生徒しか入学を認めていないが、法術の使えないリシェン君の編入を特別に認めたのは、そのためだ』

「ハイ、わかっています」

『そこで、普段から法術が使えないと、他の生徒に怪しまれるだろうと思ってのう。これを渡しておきたいんじゃ。リシェン君、手を出しなさい』

ノートゥン先生に言われて、リシェンは不思議そうに手を出す。

 リシェンの手首に石でできた腕輪が巻きつけられる。

「コレハ?」

『法力の込められた魔水晶の腕輪じゃよ。これを付ければ、法術を使えない者であっても簡単な法術を使うことが出来る。ただし、五回ほど使うと、法力が切れてしまうので、定期的にわしかイヴンのところに来て、その腕輪に法力を込めなくてはならない。授業以外の場で法術を使うことは、よっぽどないとは思うがの。念のためじゃ』

 不思議な文様の浮き上がった腕輪を、リシェンは珍しそうに眺めている。

「アリガトウ、ございます」

 リシェンは深緑の瞳を細める。

 ノートゥン先生は優しげに笑う。

『それから、リシェン君の白竜は一応ペットと言うことで、馬小屋で預かっているが、あまり人の目のあるところで無暗に乗らないで欲しい。他の生徒たちが驚くからのう。乗るのはせいぜい日に一回、わしやイヴンの目のあるところでお願いしたい』

「ハイ、すみません」

 言われて、リシェンはしゅんとうなだれる。

『折角竜の島から来てもらった客人に、不快な思いをさせるのは申し訳ないがのう。ここが学校である以上、他の生徒のことも考えないといけない。まあ、もうすぐ冬休みでもあるし、レイン君の故郷の北方群島ならば、竜を飛ばしても誰も何も言わないじゃろう』

 レインは何気なくイヴン先生の訳した言葉を聞いていた。

「僕の故郷で、竜を飛ばすって? それに冬休みって、ええ?」

 自分の話題に触れられるとは思ってもいなかったレインは、思わず身を乗り出す。

『既に辺境伯には連絡を入れてある。辺境伯の屋敷は部屋がたくさん余っているから、好きに泊まってくれてかまわない、と言っていたのう。学校が休みの間、リシェン君には屋敷に泊まって、レイン君と庭の手入れを手伝ってもらう算段だ、とも』

 いつの間にそんな話が決まっていたのだろう。

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