一章八話目
ならばテレパシーで繋がっている以上は、こちらの声も相手に届くはずだ。
そう考え、レインは相手に心の中で問う。
――きみは、誰だ?
すると相手は淀みなく答える。
『私には名前は無い。人間達はかつて私を崇め、リタ・ミラ呼んでいた』
――リタ・ミラ?
レインは息を飲む。
それは聖典の物語にある、天空神ラスティエと敵対した大地母神の名前ではなかったか。
彼女は天空神ラスティエと戦い、深い傷を負って海中に没したのではなかったか。
それが何故、こんな学校の温室の前で自分に話しかけているのだろうか。
レインは口元を押さえ、考え込む。
――お、落ち着け。落ち着け。リタ・ミラと言っても、聖典の中の有名な物語じゃないか。同姓同名の誰かがいたとしても、不思議じゃないよな。
混乱した頭では、まともに考えをまとめることも出来ない。
レインは深呼吸をして、早い心臓の鼓動を何とか落ち着けようとする。
『私は答えたぞ。ならば、今度はお前が答える番だ。お前は、誰だ』
レインの頭に声が響く。
今度こそ、レインは飛び上がるほど驚いた。心臓が口から飛び出すかと思ったほどだ。
もしも相手が聖典にあるリタ・ミラならば、レインなどがいくら努力をしたところで、法術は彼女の足元にも及ばないだろう。
何と言っても天空神ラスティエと戦い、互いに深い傷を負わせたほどだ。
半分の大陸を空に持ち上げ、半分の大陸を海に沈めたほどの法術など、レインが逆立ちしても身に付けられるはずはない。
レインは震え上がった。
今すぐこの場から逃げなければと思うのに、足が全く動かない。まるで地面に根が生えてしまったかのようだった。
レインは真っ二つにされた錠前を見下ろし、それに自分の行く末を重ねる。
下手なことを答えれば、レインもこの鍵のように真っ二つにされてしまうかもしれない。
大地母神リタ・ミラほどの法術をもってすれば、レインの命を奪うなど、赤子の手を捻るより容易いだろう。
――ぼ、僕はこんなところで死ぬのか?
レインの頭に、自分の死の光景が浮かぶ。
誰もいない温室の前で、血だらけで倒れている生徒。体を頭から真っ二つにされて、制服の白いシャツは赤黒く染まっている。