第7話 恋愛相談
学校は、一日中、学校の側の小金井公園で起きた事件で持ちきりだった。
「なぁ、星野。来る途中で事件現場見たんだろ。教えろよ」
昼休みの時間、突然、訊ねてきたのは、ショートカットで見るからに活動的な女生徒。部活が近藤や星野と同じの久保恵だ。
そして、その背後には、久保と目的を同じくする数人の少女。
その中には、小野寺さんが居た。
事件現場を見たという点では、近藤も同じだったが、どうせ話を聞くなら美少年の方が良いだろう。
それに、星野は話も上手い。
星野が女の子たちに、話している間、僕は小野寺さんのことを、横目でチラチラと見ていた。
いつもは、座席配置の都合から、左斜め後ろが基本だけど、今は、シャープーの臭いが判るほど、すぐ側のところに彼女が居る。
それだけで、幸せな気分になってしまった。つくづく単純な人間だ。
一方、小野寺さんは、近藤のそんな行為に気づくこともなく、星野の話を熱心に聞いていた。
小野寺さんは、毎日のごとく都市伝説や怪談話を聞いているのに、その手の話を苦手にしていて、客観的に見ても星野の話を結構怖がっているようだった。
しかし、怖くて苦手だが、嫌いと言う訳ではなく、むしろその恐怖を楽しみ好きなようだ。
その辺の感覚のことは近藤には判らなかったが、ジェットコースターを楽しむ人たちの感覚と同じものなのだろう。
星野の話している内容は、実際に見てきたよりもかなりオーバーなうえ、憶測や噂が混ざっていたが、聞いている限りには面白いものだった。
『日本版バスカヴィルの魔犬』
星野の話に、あえてタイトルを付けるとしたら、こんな感じだろうか。
バスカヴィルの魔犬は、シャーロックホームズに出て来る話の1つだ。
『魔の犬の伝説がある富豪のバスカヴィル家で、当主のチャールズ・バスカヴィル卿が死体で発見される』という物語で、全身を炎に包まれた魔犬が出てくる。
ホームズなので、当然のことながらオカルトではなく、人為的な事件なのだが、今回の事件はどうなのだろうか。
自分が知っている限り被害者は、今回を入れて3人。
現場に残っている足跡から野犬に襲われたものと警察は判断しているが、口の利ける被害者は口々に、全身を炎に包まれた魔犬に襲われたと証言しているらしい。
もしそれが、本当だとしたら、日本版バスカビルの犬だろう。
そうなると、単純な野犬に襲われた事件ではなく、人為的なものとなる。
しかし、現場で発見された毛は普通の毛であり、発行するような特別なもの成分はなく、錯乱した被害者の妄想として片づけられていた。
大事件や事故が多発していることもあり、マスコミは特に報道することはなかった。
とは言っても、人の口に戸は立てられず、被害者が魔犬に襲われたと言う話は、都市伝説として人々の間に広まって行った。
◇ ◇
放課後の演劇部の部室。
演劇部は、3年生3人、2年生3人、1年生4人と合計10人がだいたい活動している。
体育会系の部で演劇部より人数が多い部もあるが、それなりの人数が居て、歴史や活動実績もあるせいか、ちゃんと部室を維持していた。
部室があるとないとでは、非部活動の充実度が違う。
部室には、電気ポットに、OBの中古品の冷蔵庫、テレビに、パソコン。資料と称しての漫画の棚まである。
当然のごとく、部活を超えた生徒たちのたまり場になっていて、今日のように活動日でなくとも、一日のうち最低一回は、部室を訪れることが、近藤の習慣になっていた。
「はぁ~」
近藤信也は、思わず演劇部の部室で深いため息をついてしまった。
今日も渡せなかった。
正直、今日は彼女の使っているシャンプーの臭いを感じることが出来るほど、間近で見たことで満足してしまった。
そして、リスクを冒して気不味い関係になるよりも、現状のほうがまだ居心地が良いという現実もあった。
「先輩。恋の真っ最中ですね」と後輩の山村美紀がツーサイドアップの髪を揺らしながら声をかける。
「えっ?」
「誰だってわかりますよ。この数日間、溜息ばかりだし。それに、私は、今恋患い中ですって顔してますもん」
外れてはいない。
「恋の悩みなら聞きますよ」
噂好きの人の後輩。
「山村に話すようなことじゃないよ」
「先輩。恋の話なら、私に任せてください。悪いようにはしませんから」
その割にしては、いつも失敗してるじゃん。という言葉が頭をよぎる。
しかし、彼女居ない暦=年齢の自分よりは、ましであることは間違いない。
「告白するなら、男の面線の意見だけではなく、女性目線が重要ですよ」
山村にしては、まっとうな意見だと近藤は思った。
星野に相談しても、モテ男の意見なので、参考にならないことが多い。
「確か先輩の好きな人って、小野寺先輩ですよね。そう言えば、小野寺先輩って、年上の好きな人いませんでしたっけ」
「美紀ちゃん。それを言っちゃお終いだよ」と星野。
小野寺に、年上の好きな人がいることは全校的な既成事実。
その事実の前に、崩れ去った男たちは、全学年で何十人といることだろう。
「見直しました。玉砕覚悟の特攻ですね。美しく散ってください先輩」
そして、立ち上がり敬礼のポーズを取る。
いろんな意味で、涙が出てきた。
「振られるのを前提にしているけど。1%くらい可能性があるかもしれないだろ」
近藤自身、そんな可能性があるとは思っていないが、皆があまりにも0%扱いするので、反発したくなってきた。
「1%ですか? もっと、自分と状況を客観的に見てください」
山村としては、1%でも高いようだ。
山村は、唐突に近藤の手を取り、見始めた。
手相占いだろうか。
「私の占いによると先輩のモテ期は幼稚園で終わっています。0%です」
山村は、近藤の手相を見て断言した。
「誰が、お前の手相占いなんか信じるか!!!」
「冗談ですってば、先輩。私、凄~く良くあたる占い師知っているんです。告白する前に行ってみては、どうですか?」
「そんなに良く当たるなら、混雑して大変だろう」
「そんなことないんですよ。見つかれば、すぐですから」
結局、山村の提案に乗り、星野を連れて、三人で占い師のところに行ってみることにした。
◇ ◇
「確か、この辺だと思うんだけど...」
10分ほど、田無駅周辺を探したのだが、影も形もない。
通常、路上でやる占い師は、新宿の母とが、川崎の父とか、特定の場所に店を設ける。
しかし、その占い師は、珍しいことに特定の場所に店を設けない上に、小平駅や保谷駅などマイナーな駅を中心に活動しているらしい。
しかも、どこの駅で、どの場所で店を開いてるかはランダムなうえ、占うのは1日1人。
山村に言わせると、この占い師に会うこと自身が、運命らしい。
「その...この辺だと思う根拠は...」
「勘」
「...星野。帰ろう」
山村と近藤の顔を交互に見る星野。
「せっかく、田無に来たんですから、もう少し頑張りましょう」
「さすが、星野先輩。話が判りますね。大好きです」
「もう、10分だけだぞ」
さらに、10分程、周囲を歩いたが、やはり何も発見できない。
もともと、この辺で開いているというのも、山村の勘だ。
「さっき、ここ見ただろう。もう帰ろう」
近藤が、そう言った瞬間、山村が叫んだ。
「ありましたよ、先輩」
山村に駆け寄り、視線の先を見ると確かに、占い師と思しき白髪のおばあさんが机一つで店を出していた。
占い師というと白なり黒のローブを被っているイメージだが、目の前のおばあさんは、ミッ○ーマウスのTシャツを着て、どうみても占い師には見えなかった。
山村に言わせると、ミッ○ーマウスのTシャツが目印らしいのだが...大丈夫なのだろうか。
占いの道具も、机の上に、カードの束が1つ。
事前情報によると、タロット占いらしいのだが、何とも寂しい。
それにしても、見つけ出せたのは、今村の強運というか、勘の強さだろうか。それとも、近藤の運命なのだろうか。
その辺は判らないが、見つけてしまった以上、当たる当たらないは別として、記念として占ってもらうしかない。
* *
さっそく、占ってもらった。
トイレットペーパー占いや回転寿司占いのようなイロモノ占いではなく、ごく普通のタロットを使ったカード占い。
おばあさんは、近藤にカードを切らせた。そして、1枚のカードを引いて表にした。
最初に出たカードに書かれていた文字は、「The fool」
最初に出たカードが、現状、相談者自身を表最初に出たカードが、現状、相談者自身を表すと占い師が説明した瞬間、山村と星野が笑いだした。
英語風に言うと「The fool」、日本語に直訳するとバカ。つまり、2人は、近藤はバカという風に取ったようだ。
占い師の人が言うには、そう言う意味ではないらしいのだが、2人の笑いは収まらない。
占い師は2人を無視して占いを続ける。
カード6枚を表にしてテーブルの上に十字に並べ、4枚をその脇に縦にならべた。山村が言うには、ケルト十字法というものらしい。
最初に出たカードが、現状、相談者自身。最後に出たのが、最終結果、質問対する答らしいのだが、絵柄を見ただけでは、さっぱり意味が判らない。
結論から言うと、非常に嬉しいことに脈ありらしい。
しかも、占い師の言葉を借りると「運命的な縁がある」とのこと。
その言葉を聞いて瞬間、なぜか、山村は舌打ちしたが、星野は「やったな、近藤」と率直に喜んでくれた。
持つべきものは親友だな。近藤としては、おおいに励みになった。
いつ告白するのが、吉か聞くと、1週間以内らしい。
緊張して、眠れない夜が続きそうだ。