第3話 魔法世界
「一挺じゃ足りないかな」
女子高生は男たちを見渡し、そう呟くと、左手を懐に入れもう一挺の銃を取り出した。
そして、一切のちゅうちょなく、サラリーマンたちに撃ち始めた。
その光景を見て、山村は、自分がいま本当に日本に居るのか、不思議に思った。
また、本来ならば、その光景を見て怖いと思うべきなのかもしれない。
そして、大量虐殺をしたその女子高生に対して、嫌悪感を持つべきなのかもしれない。
しかし、その女性は美人というよりもカッコ良く、山村には、自分を助ける白馬に乗った王子様のように感じられた。
僅か10秒後に、プラットフォームに残ったのは、30人のサラリーマンたちの死体となぜか、1人だけ残された20代後半の小太りな男。
「せっかく、魔法を得たのに、やりたいことは痴漢とは惨めな男ね」
「うっ、五月蠅い。お前に何が判るんだ」
線路に飛び降り、少しでも遠くに逃げようとする男。
だが、女子高生は追わずに、大きなスポーツバックを降ろすと、中からライフルを取り出した。
そして、まるで獲物を狩るがごとく狙い。撃った。
不思議なことに、これだけの騒ぎにも関わらず、誰も騒いでおらず警察も駅員すらも来ない。
女子高生は、ポケットに手を入れると、一枚のカードを取り出し呟いた。
「ダイヤの8か。こんなもんだな」
◇ ◇
「現行犯逮捕です。証拠もあります」
山村は近藤信也の声に我に返った。
今のは夢?
それとも、予知夢やデジャブだったのだろうか。
デジャブだったら、この後、惨劇が起きることになるのだが。
「痴漢なんかしてませんよ」
「証拠があるって言ったでしょ。まぁ、弁解は駅でやってもらいますよ」
「武蔵境駅」
車掌のアナウンスが車内に響く。
電車が武蔵境駅に停まり、客が次々に電車を降りて行く。
突然、男が暴れ出し、近藤の股間に蹴りを入れる。痛さのあまり、近藤は思わず手を離してしまった。
その隙に、男は車外へと逃げだした。
痴漢は現行犯逮捕が原則だ。ここで逃げだされたら、逮捕出来ない。
近藤は犯人を追いかけるが、痛みと人込みのため上手く追いかけられない。
「大丈夫よ」
すれ違いざまに、女子高生が呟いた。
なぜ、大丈夫なのだろうか。そう思っていると、走っていた犯人が突然プラットフォームに倒れ込んだ。
男は駅員さんに突きだされることはなかったが、救急車が呼ばれ、そのまま病院へと運ばれた
◇ ◇
多少のトラブルはあったが、無事犯人を捕まえることが出来た。
しかし、その後、待っていたのは、警察と学校の先生によるお叱りと僅かな褒め言葉。
その時、知ったことだが、犯人が倒れた理由は急性の心筋梗塞だそうだ。
捕まったことのストレスと逃げだそうと急に走ったことが、心筋梗塞を引き起こした原因。
命には別状ないそうだが、危うく人殺しになるところだった。
何はともあれ、鈴木さんは、めでたく学校復帰となった。
噂によると、痴漢が逮捕されたニュースが効いたのか、痴漢被害自体も減っているらしい。
良いことだと思う。
痴漢の犯人は、小学校の先生だそうだ。犯行の動機はストレスの発散。
学級崩壊やらモンスターペアレントやらで、大変なのは判るが、だからと言って痴漢をやって良いわけではない。
正直、今の時代、学校の先生が痴漢をしていたとしても、大して驚かない。悲しい時代になったもんだ。
◇ ◇
山本幸助の夢は、可愛い生徒たちに囲まれた教師生活だった。
しかし、現実は学級崩壊とバカ親、モンスターペアレンツへの対応。誰も自分の言うことを聞かないし、尊敬もしない。
五月蠅いガキに、少しでも手を上げれば、体罰だと文句を言う。
そして、自分の言いたいことを言うだけだ。誰もこっちの都合なんて考えない。わがままな奴らばかりだ。
そんな奴らのせいで、ストレスで体調を崩し休職。精神科に通う日々だった。
(生徒の自主性。そんなものは必要ない。
ガキなんか、大人の言うとおりに動く人形で良いんだ)
悟りというやつだろうか。そう気がついた時から世界は変わった。
実際、奴らのガキを動く人形にしてやっても、誰も文句を言わない。
それどころが、行儀が良くなったと感謝された。
くだらない。結局奴らが欲しいのは、人間じゃない、人形じゃないか。
ガキどもを人形にした後は、バカな大人どもを人形にしてやった。
奴らはガキどもよりも強欲だ。欲望の糸でいとも簡単に操れる。