第10話タイムリミット
学校が終わった後、近藤は、迷子札に書いたある住所に行ってみることにした。
住所の場所は、井の頭公園近く、吉祥寺駅と三鷹の駅の間の閑静な住宅街。
高級住宅地とまではいかないが、比較的裕福な人たちが住んでいるエリアだ。
住所の場所に着いたのは良いが、家の標識を見ても、迷子札に書いている後藤という言えはなかった。
しょうがないので、意を決して、近所の人に聞いてみることにした。
最初は怪しまれたが、ハスキー犬の飼い主を探していることを告げるといろいろ教えてくれた。
後藤家は両親と娘一人の3人家族で、タマを一番可愛がっていたのが、後藤家の1人娘の真央小学校5年生だったらしい。
家は父親が会社を経営していたため裕福な家で、毎週のように家族で外出する絵に画いたような仲の良い幸せな家族だったらしい。
しかし、そんな後藤家にも3ヶ月ほど前、暗雲が立ち込めるようになった。
父親の会社が、設備投資に失敗して会社の資金ぶりが悪化。銀行は融資てくれず悪徳金融からお金を借りてしまい、最終的に倒産。
最後の方は、悪徳金融による取り立てが酷く、彼らから逃れるように夜逃げしたらしい。
ペットを置いて。
単純に引っ越し先で飼えないことが理由だったら、積憤ものだったが、まさに、どうしようもない事情だ。後藤家としても苦渋の決断だったのではないだろうか。
でも、少なくとも、飼い主捜しをすれば…と思うがやはり難しいのだろう。
もともと、ハスキーの成犬ということで難しいうえ、両親に余裕はないし、小学校5年生には無理だ。
怒りは失せ、空しさだけが込み上げてきた。
◇ ◇
「もうすぐ、一週間か」
近藤は、ベッドで携帯電話を見ながら考えこんでしまった。
里桜がタマを家に連れてきてから、もうすぐ一週間。
タマを飼い始めてから、正直言って、健康的な生活を送っている。
タマを散歩させるため、6時前に起きて、30分以上のランニング。その結果、当然のごとく、就寝も早くなり、早寝早起きの生活。
11時には眠くなるようになってしまった。
幸運なことに、父親にはバレてしまったが、どうにか、母と長女には、バレずにすんでいた。
3姉妹の連携の賜物だ。
それにしても、仕事で家に居ることが少ないせいか、父親も、兄に負けず劣らず娘に甘い。里桜がお願いしたら、即座に共犯になってくれた。しかし、4対2でも、いまだに母には敵わない。
こんなところで、近藤家内のパワーバランスと母の強大さを感じてしまう。
肝心のタマの傷は、この1週間で、順調に治って行ったが、それと共に、別の問題が出て来る。
家で飼うのは、傷が治るまでという条件なので、そろそろ、完全に情が移る前に、何とかしなくてはならない。
また、1週間、バレなかったからといって、さらに1週間、バレないという保証はない。
いつ気づかれても、おかしくないと考えるべきだろう。
里親探し対策として、近藤は、犬の里親サイトに、写真と特徴を書いて乗せていた。
しかし、なにぶん、成犬の上、シベリアンハスキーなので望みが薄い。
シベリアンハスキーは、大地を駆け回る性質の犬なので、まったくもって、狭い住宅事情の日本に合わず、さらに散歩が大変ときている。そのため、一時期は漫画の影響で人気があったが、今は全く人気がない犬だ。
当分返事は来ないだろうと思っていたら、里親サイトに書いた返事は思いのほか早く来た。
さっそく相手と連絡をとった。
相手は大変積極的で、土日ではなく、今日の放課後に見てみたいとのこと。
さっそく、待ち合わせの時間と場所の希望を相手に連絡した。
場所は、東久留米駅の改札口に4時で決定。
「明後日がタイムリミットか…」
近藤は考え込んでしまった。
里桜がタマを連れてきたのが、占いの日。
つまり、明後日は、告白するタイムリミットの日だ。
重なる時は重なるものだ。
里親話が進展しているのに、告白の件は何も進展していない。
確かに、明日こそ明日こそと、もたもたしている内に、あっという間に時間が経ってしまった。
まさに、光陰矢のごとし。
どうしよう。
結局、そんなこんなで、あっという間に、時間が経ってしまう。
◇ ◇
「信也。明後日、タイムリミットの日じゃないか」
学校のロッカーで、星野が声をかけてきた。
「その通りです」
近藤は深くため息をついた。
「確かに、占いだから当てにならないけどさ。期限を過ぎて告白するのは不吉だろ」
確かに、星野の言いたいことは判る。
ごもっとも。
最大の問題は、どうやって渡すための2人だけの時間、場所を作るか。
この問題はちっとも解決に進んでいない。
「俺から久保に頼もうか。久保は小野寺と中が良いかから何とかなるかも」
確かに、それが一番の策だろう。
しかし、それを星野に頼むのは正しいのだろうか。
やはり、こういう事は自分で頼むべきだろう。
「自分で頼むよ。ありがとう」
「成長したな~。中学の時は」
「それ以上言うな。そりゃ~少しぐらいは成長したよ。中学生の時とは違うんだよ」と答えたが、正直言うと、気持ちの準備は全然できていなかった。
突然だったので、最初は渋った久保だったが、辛うじて承諾してくれた。
詳しい時間と場所は、久保のメール待ちだ。
* *
昼過ぎにメールが来た。
『明日の部活が終わった後6時30分くらい。場所は屋上』
タイムリミットには間にあったようだ。
◇ ◇
新しい飼い主候補との待ち合わせの時間と場所は、東久留米駅の改札口に4時。
相手の目印は、長い黒髪と白い大きいなスポーツバック。
自分は、小金井南高校のブレザーの制服。
飼い主候補の佐々木さんは、どうやら、自分と同じ高校生のようだ。
一体どんな人なんだろう。電話の声の感じや話し方の感じだと、きっちり躾された礼儀正しい女性だと感じた。
見た目は…声の感じは特に高くもなく太くもない。中肉中背という感じだろうか。
さすがに、美人かどうかは判らいけど、余計な期待は禁物だろう。
自分としては、良い飼い主になってくれさえば良いのだから。
* *
待ち合わせより少し早い3時55分。
近藤は、切符売り場の脇で女性を待った。
長い黒髪と白いスポーツバックと目印通りの女性が改札口に現われた。
薄い青のブラウスに、ジーンズとスニーカー。スラリとした長身に腰までの長い黒髪。知的な整った顔立ちに細い切れ目とそれに合わせたような細いフレームの無い眼鏡。
可愛い、美人というよりも、カッコイイという言葉が似合う女性だ。
落ち着いた感じで、年齢は聞かなかったけど、どうやら近藤より年上のようだ。
確認の電話をかけると、相手も直ぐに電話に出た。
手を挙げて合図を送る。
「はじめまして、佐々木さんですか。近藤信也です」
「はじめまして。判ります。切符売り場の脇に居る方ですね」
声だけだけど、感じの良さそうな人だ。
それにしても、初めて会ったはずなのに、不思議と初めて会ったような感じがしない。
以前、どこかで会ったことがあるのだろうか。
つくづく、記憶力がない。
まぁ、会ったことがあるのなら、相手が気づくだろうと考える近藤だった。