第1話 後輩のお願い
その構図は異常だった。
薄汚れた路地裏で、中年男が頭を地面に付け、涙を流しながら、髪を後ろで束ねた女子高生らしきの長髪少女に命乞いをしていた。
それだけならば、不良少女にオヤジ狩りの獲物にされた中年オヤジかもしれない。
しかし、少女の左手の手元から伸びるバラの茨に縛られ、サブマシンガンを突きつけられている構図は、異常としか言えなかった。
「なぁ、頼む。命だけは助けてくれ。何でもする。あんた仲間がいるんだろ。俺も仲間にしてくれ役に立つからさ」と涙を流しながら、懇願する。
「正直言ってあんたみたいな男、趣味じゃないだけど…そう…なんでもしてくれるんだ…」
「あんた、カードが欲しかったんだろ。なぁ、やるから許してくれ。頼む。助けてくれ」
「あなた。そうやって命乞いをした人に、今まで何をしたの」
「それは…夢の中の話だろ。犯罪じゃない」
「その通りよ。そして、これも夢の中の話」と少女は引き金を引いた。
少女が手にしていたのは、違法改造されたエアガンだった。高圧力のガスにより、金属の球が発射され、男の体を蜂の巣にした。
少女は、何事もなかったように平然とその死体を見ていた。
そして、ポケットの中から一枚のカードを取り出すと、カードの絵柄を見た。
「聖杯の5。やっぱり、この程度か」
少女は、カードを自分のポケットに入れると、髪を束ねていたリボンを解いた。
◇ ◇
放課後の演劇部の部室。
「先輩。つき合ってほしいんですけど」
元気いっぱいの可愛らしい少女がツーサイドアップの髪を揺らしながら、少し甘えた声で話かけてきた。
演劇部に入ったばかりの1年生の山村美紀だ。
「断る」
2年生の近藤信也は、何の躊躇もなく、即座に答えた。
「そんなこと言わないで、付き合って下さいよ~」
山村がさらに甘えた声を出す。
山村が入部して、わずかまだ一ヵ月。元気で可愛い後輩と皆に可愛がられているが…どうにも、近藤が山村の話に乗るとロクなことがない。
それが、この一ヵ月の教訓。
「せめて話だけでも聞いてください」
どうやら、作戦を変えたようだ。
「まぁ、聞くくらいなら」
なんでも、山村のクラスメート鈴木彩が、通学の電車内で痴漢の被害にあい、それが原因で学校に来なくなってしまったらしい。
山村としては、痴漢退治をして、その子が学校に来られるようにしたいようだ。
望みとしては、判らなくもないのだが…
「痴漢は女の敵です。そう思いませんか、先輩」
「まぁ、そうだな」
「先輩。妹さん居るんですよね。」
「居るけど…」
「噂では大変可愛らしい妹さんだとか。その妹さんが痴漢の被害にあったらどうしますか」
「そりゃ、断固対処するけど」
近藤に取って、5歳離れた妹は目に入れても痛くない存在だった。もし仮に、妹が痴漢にでも、あおうものなら犯人を捕まえて、警察に突きだすために何でもするだろう。
いや、警察に突きだす前に、血祭りにあげているだろう。
「そうですよね。小野寺先輩が痴漢にあったらどうしますか」
小野寺とは、近藤が片思いのクラスメイトのことだ。
「なぜ、そこで小野寺さんが出て来るんだ」
「例えばですよ」
「そりゃ、断固対処するさ」
「そうですよね。ですから、私の計画につき合ってください」
山村の計画は、山村と鈴木が囮になり、近藤が捕まえるという計画だ。
中央線と言えば、痴漢電車最強線とまではいかないが痴漢が多い路線だ。その結果、鈴木さん以外にも本校内の被害者は多い。意義は判るんだけど、山村提案という点に不安を覚える。
結局、協力することになったのだが、嫌な予感がする。
◇ ◇
近藤は、学校へはいつも自転車で行っているのだが、痴漢を捕まえるためには、わざわざ中央線に乗らないといけない。
そのためには、いつもよりも大幅に早く家を出なくてはならない。
近藤家の朝食は、信也が作ることになっているので、誰かに頼まないといけない。
「という訳で、明日から早く出なきゃいけないんだけど。里桜、朝食作るの代わってもらえないかな」
近藤信也は、夕食の後、居間でソファに座りながらテレビを見ているショートヘアの少女に頼んだ。
スラリとした長身だが、少し垂れ目で可愛らしく、元気いっぱいな感じの少女だ。
「判った。お兄ちゃんも頑張ってね」
「いや、里桜が作るなら、私が作るよ」
少女の隣に座っている少し年上の長髪の女性が答えた。近藤の姉で次女の美桜だ。
「里桜は、朝練を頑張れ」
「判った」
信也には一度もそんな優しい言葉を言ったことないのに、姉も里桜には甘い。
「それにしても、なんで、お兄ちゃんに頼むんだろう。もっと頼りになりそうな男性いなかったのかな」
妹の里桜から見ても、兄の信也は、典型的な草食系というか、力強さには欠ける男だった。
「確かにそうだよな。痴漢役を頼むら判るけど、ガードマン役は信也じゃないよな」
美桜がビールを飲みながら、暴論を吐く。
「あっ、私が言ったのはそういう意味じゃないからね。喧嘩とか強い人って意味。里桜はお兄ちゃんを頼りにしているよ」
「里桜。それはお前が男を知らないからだ」
「世の中には、いくらでもこいつより頼りになる良い男は居るんだぞ」
このまま姉に話させていたら、何を言われるか判ったものではないので、近藤は会話に割り込み話を戻した。
「…なんでも、犯人を警戒させないためらしいです」
「なるほどな…確かにお前なら相手も油断するだろうな。いや、むしろ、仲間と思うかもしれないな。信也、間違っても、お前が痴漢になるなよ。捕まっても、近藤家の人間であることだけは隠せ」
なんちゅうことを言う姉だ。
もっとも、自分人身もガードマン役として、役に立つのか疑問に思う近藤信也だった。
◇ ◇
近藤は、朝早く東小金井駅に行くと、そこから西国分寺駅に行き、山村と鈴木に合流した。
鈴木は、既に脅えた表情をしていた。
よっぽど嫌な思いをしたのが、トラウマになっているのだろうか。駅に来ることすら辛そうだ。
しかし、近藤に対しては作り笑いながら笑顔であいさつしてくれた。
鈴木とは、同じ学校の生徒だったが、近藤は会うのは初めてだった。
近藤に痴漢趣味はないが、何と言うか、鈴木は襲われ易いタイプに思えた。
見るからに大人しそうな表情と態度。腰までの長い黒髪は落ち着いたお嬢様的な雰囲気を醸し出していた。その一方で、小柄で可愛らしいのに、出るべきところが出ているのは、服の上からでも判った。
山村に言わせると、男子には1年生の中で3本の指に入る人気者らしい。
朝の通勤ラッシュの電車は、自転車通学の近藤にとって久々の体験だった。まさに通勤地獄というのにふさわしい込み具合。
背の低い山村は完全に周囲のサラリーマンに潰されていた。
短時間とは言え、鈴木さんも良くこんな電車に乗ってられると思う。
そして、さらに毎日、こんな電車に長時間乗っているサラリーマンの方々は、つくづく凄いと近藤は思う一方、自分は無理だと思った。
西国分寺駅から乗っても、すぐに痴漢が始まる訳ではなかった。
国分寺駅で多くの人々が降りる一方、さらに多くの人が乗り込む。
鈴木は人の波に押されて、車両の奥へと流されてしまう。
「お久しぶり。もう、来ないのかと思ったよ」
1人の男が鈴木の耳元に呟いた。
その途端、痴漢行為が始まった。しかし、単純に触れただけでは、偶然と言われてしまう。
言い逃れが出来ない用、携帯の動画を使って証拠を取る。
その間だけ、鈴木さんには悪いけど我慢してもらった。
証拠動画を取り終えた後、近藤が犯人の手を掴む。
「現行犯逮捕です。証拠もあります」
近藤信也が、鈴木を痴漢していた犯人の手を掴み上に持ち上げる。
当初の計画では、これで終わるはずだった。
「駄目!!」
突然、鈴木さんが悲鳴を上げた。
「奴らに逆らっちゃ駄目なのよ。もっと酷い目に会うのよ」
鈴木は一週間前、車内で起きたことを思い出した。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
あまり、魔法らしくない話ですが、徐々に魔法らしくなります。




