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第51話 魔王軍緊急会議

魔王城からの召集命令が届いた時、ガルベルトはドルガの修復中の城壁を見上げていた。


《ブラストフレア》で吹き飛ばした区画には足場が組まれ、兵士たちが石材を運んでいる。占領は完了したものの、城壁はまだ完全には戻っていない。


「……俺とヴェルナーを、二人とも呼ぶのか」


書面には、異常強化の報告と再現試験の記録を持参するよう記されていた。ヴェルナーも目を通し、難しい顔をする。


「陛下も、山脈で起きた件と比較されるおつもりでしょう。ただ、二人同時にドルガを離れるとなると……」


「王国軍が動くかもしれん。分かっている」


ガルベルトは直ちに留守を預かる指揮官を呼んだ。城壁の修復区画、部隊の配置、斥候の報告経路、緊急時の指揮権を一つずつ引き継ぐ。敵が近づいても、守備を崩して追撃しないこと。異常な強化が再び起こることを前提に戦わないことも命じた。


「我々が戻るまでは防衛を優先しろ。何かあれば、定めた経路で報告を送れ」


「承知しました!」


残る兵力と備えを確認し、ガルベルトはようやくヴェルナーへ向き直った。


「行くぞ。早く戻るためにも、さっさと原因を見つけねばな」


「……会議一回で見つかるとよいのですが」


ヴェルナーの返事は、どうにも歯切れが悪かった。


◇


魔王城の会議室に入ったガルベルトは、四天王の席を見て足を止めた。


ミゼリアとロザリアの隣に、長い緑髪の少女が座っている。赤黒い二本の角を生やし、腕を組んだ姿はやけに偉そうだ。足は椅子の下で宙に浮いていた。


「陛下。四天王の会議と伺っておりましたが」


「そうだ。全員揃ったな」


「では、そちらの美しいお嬢さんは?」


少女が得意げに胸を張った。


「ふはは! ガルベルトよ、なかなか見る目があるではないか!」


ガルベルトの笑顔が固まる。


「……その物言い。まさか、ディモスか?」


「うむ! 俺だ!」


「…………」


ガルベルトは少女を見つめ、それからロザリアへ視線を送った。ロザリアは黙って頷いた。


「……失礼した。美しいお嬢さんではなかったようだ」


「何を言う。美しいのは間違っておらんだろう!」


「そこは否定せんのか!」


ヴェルナーも一度だけ目を見開いたが、何も言わず席に着いた。グラディオは既に額へ手を当てている。


「本人だ。詳しい事情はこれから話す。……できれば、同じ説明を何度もさせないでくれ」


「陛下、俺自身にも分からんことが多いぞ!」


「それは知っている」


グラディオは全員が座るのを待ち、机に並んだ報告書を指した。


「各地で起きた能力の異常について、原因と対策を決めたい。まずドルガだ。ガルベルト、頼む」


◇


ガルベルトはハルツとドルガでの《ブラストフレア》の威力差と、一般兵まで身体能力が高まったことを報告した。占領後にはヴェルナーと再現試験を重ねたが、同じ異常は起きていない。


「ドルガの周辺では古戦場の遺構が見つかっております。条件次第で、そこに残った力が作用するのではないかと」


「その条件は分かったのか?」


「……まだです」


ガルベルトの声が少し小さくなる。


「ただ、遺構は実在します。そこは確認できております」


「試験では場所や兵の配置、使用魔法も変えましたが、異常は再現できませんでした。古戦場が原因だという証拠には、まだ届いていません」


「じゃあ、何か足りなかったんじゃない?」


ミゼリアが首を傾げた。


「だから、その条件を探しているのだ」


ガルベルトが答える。


「古戦場の力を引き出す、何らかの条件が――」


「その条件、土地にあるとは限らないでしょう?」


「……それはそうだが」


二人が話す横で、ヴェルナーは試験記録の余白に一つ項目を書き加えた。


『交戦相手』


「遺跡なら、山脈にもありました」


ロザリアが口を開くと、ガルベルトの表情が明るくなった。


「おお! そちらでも遺構が関係しているのか」


「可能性はあります。ただ、神魔大戦の古戦場だったとは分かりません。私は遺跡周辺の魔力的な影響を疑っています」


「なるほど。ならば土地の力という点は同じだな!」


「似てはいますが、同じものかどうかは……」


「違うぞ、ロザリア」


ディモスが自信満々に割り込んだ。


「あれは巨人グランの重力魔法だ。俺の《アースアーマー》が重くなりすぎて、身動きが取れなくなった!」


「だから、その魔法を実際に見たのですか?」


「見ておらん。しかし、あの重さを味わったのは俺だ」


「鎧そのものが重くなっていた可能性もあるでしょう」


「俺が作った鎧だぞ。使い方は分かっておる」


「では、なぜ動けなくなったのです?」


「だから、グランの重力魔法だと言っておる!」


ロザリアが頭を抱えかけたところで、ミゼリアが手を挙げた。


「外から何かをされたっていうなら、私も心当たりがあるわ」


「ほう。ミゼリアもか?」


ガルベルトが身を乗り出す。ようやく別の証言がつながるのかもしれない。


「聖女が胸に下げていた、緑色の石よ。あれが光った直後、気づいたら遠くへ飛ばされていたの」


「……石?」


「そう、石」


「その石も古い遺構のものなのか?」


「知らないわよ。聖女のペンダントだもの」


ガルベルトは机に広げかけた古戦場の資料を、そっと閉じた。


「何だ。関係ないのか」


「あるかもしれないでしょう? 聖女の魔道具かもしれないし、あの子自身が転移魔法を使ったのかもしれないわ」


グラディオが口を挟んだ。


「転移した瞬間は見たのか?」


「それは見てないけど、あんな遠くまで普通に移動できるわけないもの」


「俺は飛ばされておらんぞ」


ディモスが不服そうに言った。


「お前の話は聞いてないのよ!」


「む? 外から何かをされたという話ではなかったか?」


「そういう大雑把な話じゃないわ!」


グラディオは四人を見渡した。全員が自分の経験を話しているはずなのに、議論するほど別の原因が増えていく。


「……ヴェルナー。ここまでで何が分かった?」


「少なくとも、全員が同じ現象を説明しているわけではない、ということです」


「それは俺にも分かった」


◇


「まだ肝心な報告が残っておるぞ」


ディモスが楽しそうに胸を張った。


「俺は《天地断砕》で死んだのだ!」


「……何?」


ガルベルトの顔色が変わった。


「敵に討たれたのではないのか?」


「俺が放った一撃の熱と衝撃に、俺自身が呑み込まれた。見事な威力だったぞ!」


「……自分の奥義で、自分が死んだのか?」


「うむ!」


「《天地断砕》は、そんな自滅覚悟の技だったか?」


「まさか! 普段は死なん。俺が自分の技の威力を知らぬはずがなかろう」


ガルベルトはロザリアを見た。ロザリアは疲れた顔で頷いた。


「死亡は確認しました。私が蘇生しなければ、そのままでした」


「なるほど……いや、なるほどではないな」


ヴェルナーが記録に印を付けた。


「普段は使用者を巻き込まない奥義が、今回は本人の想定を超える広がりを見せた。そうですね?」


「そうだ。グランほどの相手だからこそ、全力を出せたのだ!」


「相手が強いことと、技の出力が予測を超えた理由は別です」


「だが、グランは倒したぞ?」


「使い手も死亡しておりますが」


「うむ。それほどの一撃だった」


「軍としては、敵一体と引き換えに四天王を一人失った計算になります」


「俺のことか?」


「ほかに誰がいるのですか」


ロザリアが大きく頷いた。ディモスだけが不思議そうに首を傾げる。


「だが、こうして生きておるぞ」


「私が《パーフェクトリザレクション》を使ったからです!」


ロザリアは思わず声を張り上げた。


「しかも、術式の反応まで普段と違ったんです。蘇生は成功しましたが、身体まで変わるなんて聞いたことがありません」


「うむ。おかげで美しくなった」


「そこを評価しているのではありません!」


「待て、ロザリア」


ガルベルトが真剣な顔で口を挟む。


「今の話では、ディモスの奥義だけでなく、お前の蘇生魔法まで異常だったのか?」


「はい。ですから私は、山脈の遺跡が――」


「やはり遺構の影響が!」


「まだ決まっていません!」


「俺はグランの重力魔法も捨てがたいと思うぞ」


「どうして奥義と蘇生にまで、巨人の重力魔法が関わるのよ?」


ミゼリアに尋ねられ、ディモスは少し考えた。


「……見事な使い手だったからな!」


「答えになってないわ!」


「お前の転移魔法よりは、実際に戦った相手の話だぞ」


「私は実際に飛ばされたの!」


「……待て」


グラディオが口を挟んだ。


「そもそも、奥義の出力と鎧の重さと蘇生の異常を、全部同じ原因で説明できるのか?」


四人が一斉に口を開きかける。


「一人ずつでいい」


グラディオは慌てて付け加えた。


◇


ヴェルナーは報告書を机に並べ、四人が直接見たことと、その解釈を切り分けた。


ガルベルトの魔法は普段より強く、兵士たちも強化されていた。ミゼリアは聖女の近くで石が光るのを見て、意識を失った後に遠方で目覚めた。ディモスの装甲は異常に重く、奥義は本人まで殺すほどの威力になった。ロザリアの蘇生術式も通常とは違う反応を示した。


一つの原因かどうかは分からない。古戦場も、遺跡も、巨人の魔法も、聖女の石も、現状では断定できない。ヴェルナーがそう結論づけると、ガルベルトが腕を組んだ。


「つまり、古戦場説を捨てる理由はないな」


「聖女の石も否定されてないわね」


「重力魔法もだな!」


「遺跡の影響も残っています」


四人とも、妙に満足げだった。


グラディオは静かに目を閉じる。


「……なぜ全員、自分の説が認められた顔をしている」


ガルベルトは真顔で答えた。


「否定されておりませんので」


「そういう意味ではない」


原因の特定は一向に進まなかったが、四天王たちの自信だけはまったく揺らいでいなかった。


◇


「よし。原因の話は一度やめる」


グラディオは会議の目的を、軍の対策へ切り替えた。


「同じことを繰り返さぬために、今後どうすべきだと思う?」


「ドルガの遺構調査を続けるべきです。再現条件が判明するまでは防衛を優先します」


ガルベルトの答えに、グラディオは頷いた。ようやく軍事的な話になった。


「私は聖女にもう一度会いたいわね。石も、防御領域も、確認したいことが多いもの」


「ミゼリア。未確認の術で飛ばされた相手へ、また近づくのか」


「だから確かめたいのよ」


「俺も試してみたいことがある」


ディモスが手を挙げた。


「《天地断砕》の威力が変わった条件だ。もう一度使えば、何が違うか分かるかもしれん」


「駄目です」


ロザリアが即答した。


「今の身体の状態も分からないのに、何を考えているんですか!」


「危険な実験なら、十分に距離を取ればよいだろう?」


「あなたが距離を取っても、あなたの奥義からあなたは逃げられないでしょう!」


「む……ならば、ガルベルトに離れて見てもらうか」


「俺を巻き込むな!」


ガルベルトが即座に断る。


「そうか。ではロザリアが――」


「私を蘇生の準備要員にしないでください!」


「待て、待て!」


グラディオの声が響いた。


「誰も奥義の実験を許可していない!」


会議室がようやく静かになった。


「今後の西進は見合わせる。ドルガは現行の守備体制を維持しろ。異常な強化を期待した作戦も、命を危険にさらす再現試験も禁じる。調査は、安全に確認できる範囲で進める」


「承知しました」


ガルベルトは即座に頭を下げる。四天王としても将軍としても、軍の判断と自分の仮説は別だ。


「陛下、ドルガの指揮は出発前に引き継いでおります。ただ、私とヴェルナーの不在を王国軍に知られれば、攻勢に出るかもしれません」


「分かっている。用件が済んだら速やかに戻れ」


「はっ」


グラディオは最後に、各事件の追加調査を命じた。ようやく会議が終わりそうになり、ほっと息をつく。


その間もヴェルナーは、机上の報告書から目を離していなかった。


◇


四天王が退出した後、会議室にはグラディオとヴェルナーだけが残った。


「……結局、原因は分からずじまいか」


グラディオの言葉に、ヴェルナーはすぐには答えなかった。四人の主張を書き留めた紙を脇へ寄せ、発生した現象の記録だけを並べ直している。


「ドルガでは、同じ術者の魔法が以前と違う威力を示しました。しかも一般兵まで。ですが、占領後には再現できなかった」


「そうだな」


「山脈では、ディモス様の奥義とロザリア様の蘇生術式が、それぞれ本人の予測を超えた。ミゼリア様の件は、未知の攻撃を受けたという可能性も残ります」


「……何が言いたい?」


「これほど違う現象を、場所だけで比べても分からないのかもしれません」


ヴェルナーは二つの報告書を引き寄せた。


「リューベルとグランデル山脈の五人組は、同じ一行だとお考えでしたね」


「ああ。ロザリアの報告で、ルシエラという名前と防御領域が一致した。だが、あの五人が原因だとはまだ言えん」


「ええ。ただ、同じ相手と戦った二人の四天王が、別々の不可解な経験をしています」


ミゼリアが見た聖女の石。ロザリアが見た防御領域。二人とも、五人全員の技能を確認していたわけではない。共通点はあるが、何が起きたのかを確かめる材料が欠けている。


ヴェルナーはドルガの記録に手を伸ばした。


「もし五人がドルガにもいたなら、三件の見方が変わります」


「……ガルベルトは、その五人を見たと言っていなかったな」


「敵の小部隊まで把握してはいないそうです。ですから、まだ分かりません」


グラディオは三枚の資料を見比べた。古戦場の有無も、相手の技能も、それぞれ異なる。だが、調べるべき人物が一つに絞られるなら、話は別だった。


「五人の足取りを追え、ということか」


「はい。いつ、どこで、誰と戦ったのか。戦闘中にどんな技能を使っていたのか。特に、ルシエラという聖女です」


「なぜ聖女を優先する?」


「二つの戦場で名前が一致し、どちらでも通常の攻撃が通じない防御領域が確認されています。ミゼリア様は、彼女の身につけた石にも注目していた。本人の能力を詳しく調べる価値はあります」


「……分かった。調査を許可する。ただし、何かの犯人と決めつけるな」


「もちろんです。五人が無関係なら、それも確認しなければなりません」


グラディオが頷くと、ヴェルナーは三枚の記録の中央に、小さく名前を書き込んだ。


ルシエラ。


「……妙ですね」


「何がだ」


「今日の会議で、皆様の仮説は一つも一致しませんでした」


ヴェルナーはその名前を見つめた。


「ですが、証言を突き合わせるほど、同じ聖女の名前が残るのです」


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