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第5話 初めての格上

それから数日。


エイルたちは、薬草採取やゴブリン退治などの依頼をこなしながら、少しずつ冒険者としての経験を積んでいた。


最初の頃のように、敵を見た瞬間に全員が動いてぶつかることも減った。


エイルが前に立つ。


ロディオが周囲を警戒しながら横へ回る。


メルディアが後方から魔法を撃ち、クラウスが全員の状態を見る。


そしてルシエラが《光と闇の祝福》を使う。


まだ熟練したパーティーとは言えない。


それでも五人の間には、少しずつ自分たちなりの戦い方ができ始めていた。


「これ、どう?」


冒険者ギルドの依頼掲示板の前で、ロディオが一枚の依頼書を指差した。


エイルが横から覗き込む。


「オーク三体……東の森か」


「ゴブリンより一段上ですね」


クラウスが言った。


受付へ持っていくと、職員も少し表情を改めた。


「受けるのは構いませんが、オークはゴブリンと同じつもりで相手をしないでください。力がまるで違います」


「そんなに?」


ロディオが尋ねる。


「特に正面からの打ち合いは避けた方がいいです。棍棒をまともに受ければ、軽傷では済まないこともあります」


エイルは頷いた。


「分かりました」


最近はゴブリンなら、それほど苦戦しなくなっている。


だからといって、自分たちが急に強い冒険者になったわけではない。


そのくらいは全員分かっていた。


東の森へ入り、しばらく探索する。


先頭を歩いていたロディオが手を上げた。


全員が足を止める。


「いる」


声を落として、木々の向こうを示す。


少し離れたところを、大きな影が歩いていた。


人間より二回りは大きい。


太い腕。


分厚い胴体。


手には、丸太を削ったような棍棒を握っている。


「……あれがオーク」


ルシエラが小さく呟いた。


ゴブリンとは、見ただけで圧迫感が違った。


ロディオが周囲を確認する。


「今見えるのは一体だけ」


メルディアが杖を握った。


「三体同時よりはいい」


エイルは剣を抜く。


「いつも通りで行こう」


「はい」


ルシエラも杖を握る。


「《光と闇の祝福》」


淡い光が周囲に広がった。


エイルは身体が少し軽くなるのを感じる。


何度も使っている、いつもの感覚だった。


「行くぞ!」


エイルが前へ出る。


オークがこちらに気づいた。


低い唸り声を上げ、棍棒を構える。


エイルは振り下ろされた棍棒を横へ避け、その腕へ剣を振るった。


刃は当たった。


だが、浅い。


「硬っ……!」


ゴブリンなら十分に動きを鈍らせられる一撃だった。


オークはほとんど怯まず、棍棒を横薙ぎに振るう。


エイルが慌てて下がった。


その横からロディオが飛び込む。


短剣を脇腹へ走らせ、すぐに離れる。


「全然止まらないぞ!」


「下がって!」


メルディアが杖を向けた。


「《ファイヤーボール》!」


火球がオークの胸へ直撃する。


炎が弾けた。


オークが一歩よろめく。


だが、倒れない。


煙の向こうから、怒りに満ちた顔が現れた。


「まだ来る!」


メルディアの声と同時に、オークが駆け出した。


エイルが前へ出る。


「俺が止める!」


振り下ろされた棍棒を剣で受けた。


その瞬間。


「ぐっ――!」


重い。


腕だけでは支えきれない。


エイルの身体が大きく弾かれ、そのまま地面を転がった。


「エイル!」


ルシエラの声が響く。


「大丈夫ですか!?」


「だ、大丈夫……!」


エイルは起き上がろうとした。


だが、腕が痺れている。


すぐには立てない。


その間にもオークが近づいてくる。


棍棒が持ち上がった。


クラウスはまだ距離がある。


ロディオは反対側。


メルディアも次の魔法を準備している。


間に合わない。


「エイル!」


ルシエラが走った。


考えるより先に身体が動いていた。


倒れているエイルの前へ飛び出す。


オークの棍棒が振り下ろされる。


「《絶対防御領域》!」


白い光が広がった。


次の瞬間。


棍棒がルシエラを捉えた。


「ルシエラ!」


エイルの顔から血の気が引いた。


あの棍棒だ。


剣で受けた自分でさえ、地面を転がされた。


まともに身体へ当たれば――。


「……え?」


ルシエラが目を開けた。


その場に立っている。


倒れていない。


痛みもない。


「……痛く、ないです」


自分の肩に触れる。


腕を動かす。


身体のどこにも異常はない。


ロディオが目を見開いた。


「今の食らって?」


メルディアも固まっていた。


「本当に……?」


オークが再び棍棒を持ち上げる。


「あとで驚け!」


エイルが叫んだ。


その声で全員が我に返った。


エイルも立ち上がる。


まだ腕に痺れは残っている。


それでも動けないほどではない。


「ルシエラ、下がって!」


「はい!」


ルシエラが離れる。


エイルが再び前へ出た。


ロディオも反対側から回り込む。


オークがどちらを狙うか迷った、その一瞬。


「メルディア!」


「分かってる!」


火球が飛ぶ。


今度は顔の横で爆発した。


オークが大きく仰け反る。


「今!」


ロディオが脚へ短剣を走らせた。


巨体がぐらつく。


エイルは踏み込む。


「はあっ!」


剣を振り抜いた。


オークが低い唸り声を上げ、そのまま地面へ倒れる。


「……倒した」


エイルが息を吐いた。


だが、休んでいる暇はなかった。


森の奥から枝の折れる音がした。


ロディオが顔を上げる。


「来る!」


木々の向こうから、二体のオークが姿を現した。


依頼にあった残りの二体だ。


「続けて二体かよ!」


エイルが剣を構える。


さっきは一体を相手にするだけで、あれほど苦戦した。


今度は二体。


二体のうち一体が地面を蹴った。


棍棒が振り下ろされる。


エイルは剣を合わせた。


重い衝撃。


「――っ」


だが。


エイルは踏みとどまった。


「……あれ?」


重い。


間違いなく重い。


それなのに、さっきのように身体ごと吹き飛ばされない。


「エイル、右!」


ロディオの声が飛ぶ。


エイルは身体を引いた。


二体目の棍棒が目の前を通り過ぎる。


その動きも、さっきより見やすい。


ロディオが背後へ回る。


「こっちだ!」


オークが振り返る。


「《ファイヤーボール》!」


そこへメルディアの火球が直撃した。


炎が弾ける。


オークの巨体が大きく揺れた。


「……効いてる」


最初に撃ったときより、手応えがある。


「ルシエラ!」


「はい!」


ルシエラは杖を握りしめた。


エイルが吹き飛ばされた姿が、まだ頭から離れない。


「みんな、怪我しないで……!」


お願いだから。


誰も傷つかないで。


エイルが一体を引きつける。


ロディオがもう一体の横へ回る。


メルディアの魔法が隙を作る。


クラウスは前へ出すぎず、全員の状態を見る。


エイルの剣が棍棒を逸らした。


「ロディオ!」


「任せろ!」


短剣が脚へ入る。


オークが体勢を崩した。


そこへエイルが踏み込む。


二体目が倒れる。


残った一体が棍棒を振り回した。


エイルは距離を取った。


攻撃を空振りさせる。


メルディアが魔法を撃ち込む。


ロディオが隙を作る。


エイルが前へ出る。


そして数分後。


三体目のオークも地面へ倒れた。


森が静かになった。


五人はしばらくその場から動かなかった。


「……終わった?」


ルシエラが小さく聞く。


ロディオが周囲を見回す。


少し待ってから、ようやく息を吐いた。


「たぶん、これで三体」


「たぶんでは困りますよ」


クラウスが言ったが、本人も肩で息をしていた。


エイルは剣を下ろした。


「後の二体……思ったより戦えたな」


「俺も思った」


ロディオが腕を振りながら言う。


「最初の一体のときは、どうなるかと思ったけど」


「慣れたのもあるかも」


メルディアが答えた。


その横でクラウスがルシエラを見る。


「その前に、ルシエラさん。本当に怪我はありませんか?」


「あ、はい」


ルシエラは腕を上げてみせた。


「どこも痛くないです」


「一応、確認します」


クラウスが近づく。


服の上から分かる範囲でも腫れはない。


ルシエラ自身も痛みを訴えない。


あれだけの一撃を受けたのに、本当に何ともない。


エイルは改めて、ルシエラを見る。


「すごいな……《絶対防御領域》」


名前は知っていた。


強い防御スキルなのだろうとも思っていた。


だが、オークの棍棒をまともに受けて無傷というのは、想像していた以上だった。


「私もびっくりしました」


ルシエラ自身が一番不思議そうだった。


「絶対防御っていうくらいだから、強いとは思ってましたけど……」


「強いっていうか、今のはちょっと反則じゃない?」


ロディオが言う。


「それは褒めてる?」


「めちゃくちゃ褒めてる」


ルシエラが少し笑った。


メルディアは黙ったまま、ルシエラを見ていた。


やがて口を開く。


「このスキル、ちゃんと調べた方がいい」


「調べる?」


「どのくらい防げるのかとか。実戦で初めて使っただけだから、分からないことが多い」


「なるほど……」


「ただし」


クラウスが先に口を挟んだ。


「ルシエラさんへ攻撃して確かめるのは反対です」


メルディアが彼を見る。


「まだ何も言ってない」


「言いそうでした」


「言ってない」


「顔に出ていました」


「出てない」


ロディオが吹き出した。


エイルもつられて笑う。


張り詰めていた空気が少し緩んだ。


「安全に調べられるなら、私も知りたいです」


ルシエラが言った。


「せっかく貰ったスキルですし。ちゃんと使えた方が、みんなを守れますから」


「それなら、町に戻ってから考えよう」


エイルが言う。


まずは依頼を終わらせる必要がある。


五人は討伐の証明になる部位を回収し、少し離れた安全な場所で休憩を取った。


そこでメルディアが、自分の状態を確認して動きを止めた。


「……二つ上がってる」


「何が?」


ロディオが聞く。


「肉体レベルと職業レベル」


エイルも自分の状態を確認する。


「本当だ。俺も二つ」


「僕もです」


クラウスも同じだった。


ロディオも、ルシエラも確認する。


五人とも、肉体レベルと職業レベルがそれぞれ二つ上がっていた。


「二レベル……?」


メルディアが小さく呟く。


「多いの?」


ルシエラが尋ねた。


「分からない。オーク倒したの初めてだし」


ロディオが首を傾げる。


「じゃあ普通?」


「たぶん。ゴブリンよりずっと強かったし、私たちもまだレベル低いから、これくらい上がっても変じゃないと思う」


「そっか」


エイルは自分の手を握ってみる。


確かに身体が軽い。


力も増している。


「じゃあ、後の二体が楽だったのは?」


「レベルが上がったからじゃない?」


メルディアが答える。


「いつ上がったかは分からないけど」


「なるほど」


それなら話は通る。


初めて戦ったオークは強かった。


その分、経験も多かった。


エイルたちは、そう納得した。


ルシエラも自分の状態を見ながら、嬉しそうに笑っていた。


《光と闇の聖女》の職業レベルも上がっている。


「私も、もう少しみんなの役に立てるようになったのかな」


「今日だけでも十分役に立ってるよ」


エイルが言った。


あのときルシエラが飛び込んでくれなければ、どうなっていたか分からない。


「本当に助かった」


「……はい」


ルシエラは少し照れたように笑った。


怖かった。


エイルが倒れたときは、本当に怖かった。


けれど、自分のスキルで守ることができた。


それが何より嬉しかった。


五人は休憩を終えると、町へ向かって歩き出した。


初めての格上。


楽な戦いではなかった。


それでも勝てた。


少しずつ。


自分たちは冒険者として強くなっている。


五人とも、そう思っていた。


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