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第41話 探り合いのはずが

「それで、お二人は古い建物を探しているんですよね?」


エイルが尋ねると、男は頷いた。


「ああ。この山脈に、ずいぶん古い建物が残っていると聞いてな」


「場所は分かっているんですか?」


「いや、さっぱりだ。だから歩き回っている」


あまりにもあっさりした返答に、エイルは少し拍子抜けした。隣に立つ女性は、目を閉じたまま穏やかに微笑んでいる。


「手掛かりが少なくて、少々苦労しているところなんです」


「そうだったんですね。山脈は広いですし、探すのも大変そうです」


ルシエラが言うと、女性は丁寧に頷いた。エイルは二人の様子を観察していた。身なりは普通の旅人と変わらない。しかし、男のがっしりした体格や無駄のない立ち姿を見る限り、戦いに慣れていることは間違いなさそうだった。


こんな山奥まで来ているのだから、当然といえば当然なのかもしれない。


「ところで、その大きな奴なんだが」


男が再びグランを見上げた。


「山の中で見つけたと言っていたな?」


「はい。グランって名前なんです」


メルディアが答える。


「名前まで付けたのか。ずいぶん懐いているようだが、もともと大人しい奴なのか?」


「それは……どうでしょう」


メルディアはグランを見上げた。


「最初は少し大変でしたけど、今は私の言うことを聞いてくれます」


「ほう。最初は大変だったのか」


男の声が弾んだ。


「なら、結構強いんじゃないか?」


「強いですよ。力もありますし、とても頑丈です」


「そうか!」


男は嬉しそうにグランの太い腕を眺めた。


「それだけの身体なら、拳の一撃も相当なものだろうな。一度受けてみたいものだ」


ロディオが顔を上げる。


「……受ける?」


「ああ。実際に受けてみなければ、どの程度の威力か分からんだろう?」


「いや、普通は避けません?」


「避けたら分からんではないか」


男は当然のように答える。ロディオが返す言葉を探しているうちに、隣の女性が静かに口を開いた。


「この人、昔から強そうな生き物を見ると、つい興味を持ってしまうんです」


「……なるほど」


「もちろん、本当に戦いたいという意味ではありませんよ」


女性が男の方へ顔を向けた。男は何か言いかけたが、少し考えて口を閉じる。


「……まあ、そうだな」


ロディオは二人を見比べた。どうやら、この女性がいないと会話が大変なことになりそうだ。


◇


「ちなみに、お二人は何のお仕事をされているんですか?」


今度はメルディアが尋ねた。


「古い建物を調べているなら、研究者の方ですか?」


「俺が研究者?」


男は少し驚いた顔をした。


「いやいや、そういう細かいことは苦手だ。俺はどちらかといえば、身体を動かす方が――」


「調査の仕事を頼まれているんです」


女性が自然に言葉を引き取った。


「私は資料を調べることが多いのですが、この人には移動や荷物の運搬などを手伝ってもらっています」


「なるほど。それなら納得です」


メルディアが頷く。男は女性の方を向いた。


「……荷物運び?」


「ええ。いつも助かっていますよ」


「そうか?」


「もちろんです」


女性は穏やかに微笑んだ。男は何となく釈然としない顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。メルディアは少し考え、質問を続ける。


「それなら、古い文字を読んだりするのは、お姉さんの方ですか?」


「詳しいわけではありませんが、少しは」


「もし建物を見つけたら、何を調べたいんです?」


「まずは、いつ頃のものなのか、何に使われていたのかを知りたいですね」


「私もそこは気になります。古代の建物なら、今とは違う技術が使われているかもしれませんし」


二人の会話が少し弾み始めたところで、男が口を挟んだ。


「俺は、そんな建物なら中に何がいるのか気になるな」


「中に、ですか?」


「長い間誰も入っていない場所だ。とんでもなく強い奴が眠っているかもしれんだろう?」


メルディアは少し首を傾げた。


「……それって、調査とは関係あります?」


「大いにあるぞ。強い奴がいたら、まず――」


「安全を確保しなければいけませんからね」


女性が続けた。


「ええ。古い建物は何が起こるか分かりませんし、十分注意しないといけません」


「そうだな」


男も頷く。メルディアは二人を交互に見た。


「それなら、最初から二人で来るのは危なくないですか? 場所も分からないんですよね」


「いや、危険なら俺が――」


「ご心配ありがとうございます。でも、こう見えて山歩きには慣れていますので」


女性が答える。男は口を開きかけて、また閉じた。


「……そういうことだ」


メルディアはしばらく考えた。


「そうですか。それならいいんですけど……」


その隣で、ロディオが少し笑いを堪えていた。


◇


ロディオは、男の受け答えが気になっていた。本人は隠し事をしているようには見えない。むしろ、聞けば何でも話してしまいそうだ。


その一方で、女性は答える内容を慎重に選んでいる。二人の話が噛み合っていないようにも感じられた。


「そういえば、お兄さんは戦うのが得意なんですよね?」


ロディオが尋ねる。男はすぐに反応した。


「おお、そうだな!」


「普段はどんな武器を使うんです?」


「武器か。俺は――」


「この人、力が強いので重いものを扱うのが得意なんです」


女性が答えた。


「へえ。力仕事をされているんですね」


「ああ、力には自信があるぞ」


男は嬉しそうだった。ロディオはもう少し試してみる。


「じゃあ、この山で魔物に襲われたらどうします?」


「倒して進む」


即答だった。


「……数が多かったら?」


「まとめて倒せばいいだろう」


「逃げるとか、隠れるとかは?」


「なぜだ?」


男は心底不思議そうだった。ロディオは一瞬、言葉を失った。


「いや、戦わずに済むなら、その方が安全じゃないですか」


「ふむ……」


男は少し考えた。


「だが、倒した方が早い場合もあるぞ」


「それはまあ、そうですけど……」


「狭い道で囲まれたら、無理に抜けるより正面を崩した方がいい。足場の悪い場所で逃げれば、かえって危険なこともあるしな」


急に具体的な話になった。ロディオは少し驚いた。


「……なるほど。状況によるわけですね」


「当然だ。地形も相手の動きも見ずに突っ込んでどうする」


男は平然と答える。先ほどまでの会話とは打って変わって、まともな判断だった。どうやら、戦いに関しては本当に経験があるらしい。しかし、ロディオが続けて尋ねると、またおかしなことになった。


「じゃあ、相手がグランくらい大きかったら?」


「それなら、なおさら面白そうだな!」


男の顔が明るくなる。


「まずは腕の振り方を見て、どの程度の速さか確かめたい。あの巨体なら、一撃も重いはずだ」


「……ええ」


「受け止められるなら受け止める。無理なら流せばいい」


「いや、ちょっと待ってください」


ロディオはグランを見上げた。


「あいつの拳、岩を砕くんですよ?」


「ほう!」


男はますます嬉しそうになった。


「それは楽しみだ!」


「楽しみ!?」


ロディオの声が裏返った。女性が静かに男へ顔を向けた。


「……あなた」


「何だ?」


「少し落ち着きましょうか」


「俺は落ち着いているぞ」


「そうですか。それなら、今は調査のお話をしましょうね」


「……む」


男は腕を組み、しぶしぶ黙った。ロディオはメルディアへ目を向ける。メルディアも、少し困った顔をしていた。


◇


二人が少し離れたところで話している間、エイルはクラウスと一緒に周囲を確認していた。男の声はよく通るので、会話の内容はほとんど聞こえている。


「……どう思う?」


エイルが小声で尋ねる。クラウスは少し考えた。


「何か事情があるのは確かでしょうね。ただ、僕たちに話せない理由があるのかもしれません」


「まあ、初対面だしな。こっちだって遺跡の詳しい場所は話してないわけだし」


「ええ。だから、隠していることがあるというだけで、悪い人だとは言えません」


エイルは頷いた。その時、ロディオとメルディアが近づいてきた。


「なあ、エイル」


「何だ?」


「ちょっと相談」


ロディオは男の方をちらりと見てから、声を落とした。


「あの人、何か隠してると思う?」


「どうして?」


「いや、隠してるというか……隠すのが下手というか」


メルディアが補足する。


「質問すると、全部そのまま答えようとするんだよね。お姉さんが途中で止めてるけど」


「だから怪しいってことか?」


エイルが聞くと、ロディオは首を傾げた。


「最初はそう思ったんだけどさ。あそこまで引っかかると、逆に心配になるんだよ」


「……心配?」


「本当に調査を任されてるのかなって」


メルディアも頷く。


「何か、聞いちゃいけないことまで教えてくれそうで」


エイルは思わず笑いそうになった。


「お前たち、相手のこと探ってたんじゃないのか?」


「そのつもりだったんだけどなあ……」


ロディオは困ったように頭を掻く。メルディアは真面目な顔で続けた。


「もう少し慎重に話した方がいいって、教えてあげた方がいいのかな」


「いや、それはやめとけ」


エイルは苦笑した。


「少なくとも、向こうのお姉さんはちゃんと分かってるみたいだし」


四人は男の方を見る。当の本人はグランを眺めながら、何やら楽しそうに考え込んでいた。ロディオが小さく呟く。


「……お姉さん、大変そうだな」


誰も否定しなかった。


◇


一方、ルシエラは女性と穏やかに話していた。


「山の中を調べていらっしゃるなら、水や食料は足りていますか?」


「ええ。まだ十分ありますよ」


「そうですか。それならよかったです」


ルシエラは安心したように微笑んだ。


「この辺りは水場も少ないですし、もし困っていたら少し分けられますので」


「まあ、ありがとうございます。親切なんですね」


「いえ、私たちも旅先で助けてもらうことがありますから」


女性は目を閉じたまま、丁寧に頷いた。


「一緒に旅をされている皆さんも、仲がよさそうですね」


「はい。いつも助けてもらってばかりですけど」


「そんなことないと思いますよ」


クラウスが会話に加わった。


「ルシエラがいてくれるから、安心して旅ができることも多いですし」


「そうですか?」


ルシエラは少し照れたように笑った。


「そうですよ。いつもみんなのことを気に掛けてくれていますから」


「……ありがとう、クラウス」


女性はそんな二人のやり取りを、穏やかに聞いていた。少し離れたところでは、男がグランの大きな拳を眺めている。


「……なあ、あいつはどのくらい素早く動けるんだ?」


ロディオが答える。


「結構速いですよ。最近は動きもよくなってきましたし」


「ほう、まだ強くなるのか!」


「いや、そういう話じゃなくて……」


ロディオは途中で言うのをやめた。もう何を言っても、男の興味を刺激するだけのような気がしたからだ。エイルが小さく笑う。


「諦めたのか?」


「……ちょっと疲れた」


その声を聞いて、ルシエラが振り返った。


「ロディオ、大丈夫? お水、飲む?」


「いや、大丈夫。そういえばルシエラ、水袋ってまだ余裕あったっけ?」


「うん。まだ少し残ってるよ」


その時だった。


女性が、ほんの一瞬だけ言葉を止めた。


「……」


目は閉じたまま。穏やかな表情にも、大きな変化はない。ただ、わずかな間を置いてから、ルシエラの方へ顔を向けた。


「……ルシエラさん、とおっしゃるんですね」


「はい。そうです」


ルシエラは普通に答えた。


「素敵なお名前ですね」


「ありがとうございます」


女性は微笑んだ。そして、少し考えるように間を置いてから尋ねた。


「皆さんは、いつも一緒に冒険をされているんですか?」


「はい。五人でパーティーを組んでいます」


「そうでしたか。ずいぶん息が合っていらっしゃるようなので、長いお付き合いなのかと思いました」


「そう言っていただけると嬉しいです」


ルシエラは笑顔で答える。


「まだ知らないこともありますけど、みんなと旅をするのは楽しいですよ」


「……そうですか」


女性は静かに頷いた。その隣で、男は相変わらずグランを眺めていた。


◇


「そういえば、皆さんはこれから町へ戻られるんですよね?」


女性が尋ねた。


「はい。そのつもりです」


エイルが答える。


「これから山の中を調べるなら、途中までは道をご案内できますよ」


「ありがとうございます。ただ、私たちはもう少しこの辺りを調べてから戻ろうと思っています」


「そうですか」


「それより、あの大きな子を連れて町へ入るのは大変そうですね」


女性がグランの方へ顔を向けた。メルディアが少し困ったように笑う。


「それは、まだ考えてるところなんです」


「そうでしょうね。初めて見た方は驚いてしまいそうですし」


「私もそう思います」


ルシエラが頷いた。


「でも、せっかく仲良くなれたので、できれば一緒にいたいんです」


女性は穏やかに微笑んだ。


「大切にされているんですね」


「はい」


メルディアが答えた。


「グランは私たちの仲間ですから」


その言葉を聞き、男が顔を上げた。


「仲間か。なるほど、それはいい」


「……そうですか?」


「ああ。背中を預けられる相手がいるのは、いいものだ」


それまでとは少し違った、落ち着いた声だった。エイルも自然に頷いた。


「そうですね。俺たちも仲間には何度も助けられてます」


「なら、大事にするといい」


男はそう言って、またグランを見上げた。


「……もっとも、俺なら一度手合わせしてから仲間にしたいところだが」


ロディオが思わず吹き出した。


「やっぱりそこに戻るんですね!」


「当然だろう。互いの強さを知っておくのは大切だぞ」


男はいたって真面目だった。女性は小さく息をついた。メルディアが首を傾げる。


「それなら、私たちはもう戦ったから大丈夫ですね」


男の動きが止まった。


「……何?」


「グランとは、仲良くなる前に戦ったんです」


「ほう!」


男が勢いよく顔を向けた。


「それで、どうだった!?」


「すごく強かったですよ。みんなで何とか戦っていたんですけど、途中で私の言うことを聞いてくれるって分かって」


「なるほど……!」


男は腕を組み、真剣に考え始めた。


「それほど強い相手と戦って、無事だったわけか。お前さんたちも、なかなかやるようだな」


エイルが苦笑する。


「いや、危ない場面もありましたけどね」


「危ない場面があったなら、なおさら面白い」


「……そういうものですか?」


「そういうものだ!」


ロディオはもう驚かなかった。代わりに、隣の女性へ少し同情するような顔を向ける。女性は目を閉じたまま微笑んでいたが、その笑顔にはどこか諦めにも似たものが混じっていた。メルディアも、とうとう素直に尋ねた。


「あの……普段からこんな感じなんですか?」


「え?」


女性が聞き返す。


「いえ、お二人で調査するの、大変じゃないかなと思って」


ロディオが慌ててメルディアの肩を軽く叩いた。


「おい、さすがに失礼だろ!」


しかし、女性は少し笑った。


「ふふ。そうですね。退屈することはありませんよ」


「そうなんですか?」


「ええ。とても頼りになる方ですから」


「ほう、そうだろう!」


男が嬉しそうに頷く。女性は続けた。


「……ただ、もう少し慎重にお話ししてくださると、私としては助かるんですけれど」


「む? 俺は十分慎重だと思うが」


「そうですか」


「そうとも」


女性は少し間を置いた。


「……では、今後もよろしくお願いしますね」


「おう!」


男が力強く頷く。ロディオはそのやり取りを見て、何となくすべてを察した気がした。


「……お姉さん、頑張ってください」


思わず口から出た言葉だった。女性は少し驚いたようだったが、すぐに微笑んだ。


「ありがとうございます」


男だけが、不思議そうに二人を見比べていた。


◇


それからもしばらく会話は続いたが、互いに詳しいことまでは話さなかった。エイルたちは遺跡の場所を明かしていないし、二人も自分たちの仕事については、調査を頼まれているという説明にとどめている。


ただ、男が強い相手との戦いを何より好んでいることだけは、十分すぎるほど伝わってきた。ロディオはすっかり調子を崩されていた。最初は相手の素性を探るつもりだったのに、何を聞いても男は素直に答えようとする。


肝心なところで女性が話をまとめてしまうため、結局、確かなことは何も分からない。


「……何か、変な二人だったな」


ロディオが小声で呟いた。メルディアも考え込んでいる。


「男の人、本当に戦うことが好きなんだろうね」


「それはもう疑いようがないけどさ」


「でも、悪い人には見えなかったよ」


「まあ、今のところはな」


エイルはそんな二人の会話を聞きながら、相手への警戒を完全には解かずにいた。男の言動は確かに変わっているが、それだけで敵だとは言えない。女性も落ち着いていて、今のところ不審な行動は見せていなかった。


一方、ルシエラは穏やかに会話を楽しんでいる。


「せっかくお会いしたんですし、もし私たちにお手伝いできることがあれば言ってくださいね」


女性は静かに頷いた。


「ありがとうございます。そうですね……もう少しだけ、お話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」


「もちろんです」


ルシエラが笑顔で答える。女性は目を閉じたまま、穏やかな表情を崩さなかった。しかし、先ほどまで男の言動を取り繕っていた時とは違い、今度は自分から質問を続けようとしていた。その隣では、男が相変わらずグランを眺めている。


「ところで、あいつの拳はどのくらいの威力なんだ?」


ロディオが思わず笑った。


「……まだその話してるんですか?」


「当然だ。まだ聞いていないことが山ほどある!」


女性が静かに息をつく。山道で始まった奇妙な情報交換は、まだ終わりそうになかった。


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