第四話 元恋人の証言
第四話です。
――音声記録・文字起こし④
質問:彼とはどのような関係でしたか。
「……恋人でした。
正確には、
もう別れていましたけど」
(小さく息を整える音)
「こういう場所で話すと、
急に他人事みたいに聞こえますね。
でも、
少し前までは、
毎日顔を合わせていたんです」
「一緒にスーパーに行って、
どっちの牛乳が安いか悩んで、
……そんな普通の時間があった人です」
質問:どんな人でしたか。
「優しい人でした」
(すぐに続けず、沈黙)
「……いや、
優しいって言葉、
きっとみんな使うんでしょうね」
「本当は、
断れない人でした」
「頼まれると、
少し困った顔をして、
それでも“いいよ”って言ってしまう」
「最初はそれが好きでした。
でも、
だんだん怖くなったんです」
質問:怖い。
「自分のことを後回しにする人って、
どこかで壊れる気がして」
「……私、
何度も言ったんですよ。
“無理しなくていい”って」
「でも、
あの人は
“もう少しだけだから”
って笑うんです」
質問:金銭の話は。
「詳しくは知りません。
聞いても、
あまり話してくれなかった」
「ただ、
夜中に急に外に出たり、
スマホを握ったまま
長い時間動かなかったり」
「……ああ、
今思えば、
何かを決めようとしていたのかもしれません」
質問:揉めたことは。
「あります」
(長い沈黙)
「階段のところで、
……声を荒げてしまいました」
「“約束が違う”って、
私が言ったんです」
「最初に聞いていた話と、
あとから聞いた話が
少し違っていて」
「……でも、
責めるつもりじゃなかったんです」
「ただ、
怖かっただけで」
質問:彼の反応は。
「怒りませんでした」
「……それが、
一番つらかった」
「少し遠い顔をして、
“ごめん”って」
「何に対しての“ごめん”なのか、
最後までわからなかった」
質問:別れた理由は。
「はっきりしたきっかけはありません」
「ただ、
話が噛み合わなくなっていって」
「私が未来の話をすると、
あの人は
今の話しかしなくて」
「……時間の向きが
違っていたんだと思います」
質問:事件の前、最後に会ったのは。
「数日前です。
短いメッセージだけ届いて」
「“少し時間がほしい”
って」
「その言葉、
前にも聞いたことがあったんです。
仕事で悩んでいたときも、
同じこと言ってました」
質問:彼は迷っていたと思いますか。
「……迷っていた時期は、
長かったと思います」
「でも、
最後に見たときは違いました」
「もう決めた人の静けさ、
っていうんでしょうか」
質問:安心しているように見えましたか。
「安心ではありません」
「ただ、
……終わりを受け入れている顔でした」
(長い沈黙)
「……私、
あのとき
もう少し違う言葉を選べたのかな」
「止められたのかな」
質問:あなたは彼をどう思いますか。
「悪い人じゃない」
「でも、
誰かを傷つけないために
何も言わない選択って、
……結局、
一番大きく傷つけることもあるんですよね」
(小さく息を吐く)
「……今さらですけど」
質問:ありがとうございました。
――音声記録④終了
誤字脱字はお許しください。




