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『十人目の証言』  作者: くろめがね


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3/8

第三話 教師の証言

第三話です。

――音声記録・文字起こし③


 質問:彼とはどのような関係でしたか。


「夜間講座の受講生でした。

 社会人向けの資格講座で、

 週に二回、

 仕事終わりに通っていたんです」


「最初に見たとき、

 あまり目立たない人だな、

 という印象でした。

 ……ああ、

 悪い意味ではなくて」


「前に出て話すタイプではなくて、

 席もいつも端の方で」


「でも、

 提出物だけは

 きちんと締め切り前に出してくる人でした」


 質問:授業中の様子は。


「静かでした。

 メモを取る音も小さくて、

 ……一度、

 教室に誰もいないと思って

 電気を消しかけたことがあるくらいです」


(少し笑う)


「驚かせてしまって、

 “すみません、まだいます”

 って言われたのを覚えています」


 質問:他の受講生との関係は。


「深くは関わっていませんでしたね。

 ただ、

 困っている人がいると、

 休憩時間に小さく声をかけている姿を

 何度か見ました」


「答えを教えるというより、

 ……考え方を整理してあげる感じで」


「教師としては、

 少し羨ましかったですね」


 質問:彼は何か悩んでいましたか。


「……そうですね」


(長い間)


「直接相談を受けたことはありません。

 でも、

 人が抱えている重さって、

 言葉にしなくても

 少しだけ滲むものなんです」


「ノートの余白に、

 小さな数字を書いて消して、

 また書き直しているのを

 何度か見ました」


「……金額だったのか、

 日付だったのかは、

 わかりませんけど」


 質問:印象に残っている出来事は。


「講座の最後の模擬試験の日です」


「全員が問題を解き終わって、

 静かな時間が流れていたとき、

 あの人だけ

 鉛筆を置いたまま

 少し天井を見ていたんです」


「……ああいう表情、

 たまにあります」


「答えがわからない人の顔ではなくて、

 答えを出すことを

 やめた人の顔」


 質問:講座は途中で辞めたのですか。


「はい。

 ある日、

 “しばらく来られなくなります”

 という短い連絡だけ届きました」


「理由は書いていませんでした。

 でも、

 その文章が妙に丁寧で」


「……まるで、

 最後の挨拶みたいだなって、

 少し思ったんです」


 質問:怒っているところは見ましたか。


「ありません。

 声を荒げる姿も」


「ただ、

 一度だけ、

 講義後に廊下で立ち止まっていたことがあって」


「他の受講生が帰ったあと、

 教室のドアを閉めるタイミングで、

 ……少しだけ肩が落ちているのが見えました」


「すぐに姿勢を戻して、

 “ありがとうございました”

 って言われたんですけど」


「……あの瞬間だけ、

 重さが見えた気がします」


 質問:事件についてどう思いますか。


「教師として、

 こういう言い方は

 あまり良くないのかもしれませんが」


(小さく息を吸う)


「誰か一人が悪い話には、

 見えません」


「彼も、

 被害者も、

 きっとそれぞれに理由があった」


「……ただ、

 逃げることができない人ほど、

 最後に

 静かな選択をしてしまうことがあります」


 質問:静かな選択。


「ええ」


「声を上げる代わりに、

 何も言わないことを選ぶ」


「それは優しさかもしれないし、

 ……弱さかもしれない」


(長い沈黙)


「……私は、

 あの人が間違った人だとは思っていません」


 質問:ありがとうございました。


――音声記録③終了


誤字脱字はお許しください。

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