第三話 教師の証言
第三話です。
――音声記録・文字起こし③
質問:彼とはどのような関係でしたか。
「夜間講座の受講生でした。
社会人向けの資格講座で、
週に二回、
仕事終わりに通っていたんです」
「最初に見たとき、
あまり目立たない人だな、
という印象でした。
……ああ、
悪い意味ではなくて」
「前に出て話すタイプではなくて、
席もいつも端の方で」
「でも、
提出物だけは
きちんと締め切り前に出してくる人でした」
質問:授業中の様子は。
「静かでした。
メモを取る音も小さくて、
……一度、
教室に誰もいないと思って
電気を消しかけたことがあるくらいです」
(少し笑う)
「驚かせてしまって、
“すみません、まだいます”
って言われたのを覚えています」
質問:他の受講生との関係は。
「深くは関わっていませんでしたね。
ただ、
困っている人がいると、
休憩時間に小さく声をかけている姿を
何度か見ました」
「答えを教えるというより、
……考え方を整理してあげる感じで」
「教師としては、
少し羨ましかったですね」
質問:彼は何か悩んでいましたか。
「……そうですね」
(長い間)
「直接相談を受けたことはありません。
でも、
人が抱えている重さって、
言葉にしなくても
少しだけ滲むものなんです」
「ノートの余白に、
小さな数字を書いて消して、
また書き直しているのを
何度か見ました」
「……金額だったのか、
日付だったのかは、
わかりませんけど」
質問:印象に残っている出来事は。
「講座の最後の模擬試験の日です」
「全員が問題を解き終わって、
静かな時間が流れていたとき、
あの人だけ
鉛筆を置いたまま
少し天井を見ていたんです」
「……ああいう表情、
たまにあります」
「答えがわからない人の顔ではなくて、
答えを出すことを
やめた人の顔」
質問:講座は途中で辞めたのですか。
「はい。
ある日、
“しばらく来られなくなります”
という短い連絡だけ届きました」
「理由は書いていませんでした。
でも、
その文章が妙に丁寧で」
「……まるで、
最後の挨拶みたいだなって、
少し思ったんです」
質問:怒っているところは見ましたか。
「ありません。
声を荒げる姿も」
「ただ、
一度だけ、
講義後に廊下で立ち止まっていたことがあって」
「他の受講生が帰ったあと、
教室のドアを閉めるタイミングで、
……少しだけ肩が落ちているのが見えました」
「すぐに姿勢を戻して、
“ありがとうございました”
って言われたんですけど」
「……あの瞬間だけ、
重さが見えた気がします」
質問:事件についてどう思いますか。
「教師として、
こういう言い方は
あまり良くないのかもしれませんが」
(小さく息を吸う)
「誰か一人が悪い話には、
見えません」
「彼も、
被害者も、
きっとそれぞれに理由があった」
「……ただ、
逃げることができない人ほど、
最後に
静かな選択をしてしまうことがあります」
質問:静かな選択。
「ええ」
「声を上げる代わりに、
何も言わないことを選ぶ」
「それは優しさかもしれないし、
……弱さかもしれない」
(長い沈黙)
「……私は、
あの人が間違った人だとは思っていません」
質問:ありがとうございました。
――音声記録③終了
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